窒素酔いのバディを追いかけ水深50mオーバーへ
ダイビング歴8年のWさん(300本/男性)
コスメルで初心者ダイバーTさんとバディを組み、窒素酔いになったところを助けようと水深50mまで行った体験をご紹介します。
以下はダイバー本人の体験談です。
僕は8年前、バックパッカーとして訪れたタイでCカードを取得しました。それ以来すっかり海の魅力にハマり、海外リゾートや沖縄、週末は伊豆などで潜っています。これは3年前の春、憧れだったメキシコへ一人旅に出かけ、コスメルで潜ったときの体験です。その時は180本ほどを潜ったAOWダイバーでした。
前日にコスメルに到着した僕は、スタッフもゲストも外国人という現地サービスに、2日間の予定でファンダイビングを申し込みました。当日は同じく一人旅をしていた日本人Tさんも参加し、僕たちは日本人同士でバディを組むことに。彼はまだ20本程度で、OWダイバーの初心者とのことでしたが、すっかり意気投合しました。
ドリフトダイビングで一気に水深30mへ
1本目に向かうのは「サンタロサ・ウォール」という中級ポイント。いっしょに潜るのは僕とTさん、イタリア人3名、ガイドの計6人で、メンバーとは英語で交流しながら、ブリーフィングに耳を傾けます。ガイドは地形の説明をし、ドリフトダイビングの手順や水深への注意を促しました。ただ、OWのTさんを連れてMAX30mまで行く予定とのこと。ガイドも彼のランクは把握していたようですが、ドリフトダイビングの経験があるというTさんを信用し、潜ってみることに。不安と期待が入り交じるTさんを、僕もできるだけサポートしながら、さっそくENしました。
水中に入ると、透明度は30m以上。ここは垂直に切り立つ豪快なドロップオフが見どころのポイントで、棚はどこまでも深く落ち込んでいます。流れは緩やかで、潜降も全員まとまっていました。Tさんもなんとかフリー潜降をこなしています。全員が集合したところで棚沿いに水深を落とし始め、僕もTさんを気にかけながら、ガイドの後ろに続きます。
そうしてあっという間に水深25mを超えた辺りで、深場になにやら大きな魚の影が見えました。この辺りはグルーパーと呼ばれる大きなハタがいることで知られ、その姿は1m以上はありそうです。すると、急にTさんが視界に飛び込んできたかと思えば、グルーパー目がけてどんどん深場へダッシュしていくではありませんか!
バディがグルーパーを追いかけ深場へまっしぐら
「え!? もう水深30m超えてるよ、危ないって」僕は彼を止めようと、とっさに後を追いました。僕自身も身の危険を感じたのでガイドに知らせるべきかとも迷いましたが、こちらに気づかないガイドたちとの距離はどんどん離れていきます。「僕が連れ戻すしかない」そんな使命感に駆られながらも、減圧症、窒素酔い、エア切れなどの恐怖が募ります。心臓の鼓動は急激に速くなり、だんだんと手足がしびれるような感覚。それでも、Tさんを引き止めたい一心で追いかけました。
しばらくしてなんとか彼のフィン先をつかめたものの、Tさんはそれすら振り払い、一目散にグルーパーを追いかけようとします。彼はもはや正気ではないようでした。僕も意識が朦朧とする中、最後の力を振り絞ってなんとかTさんに追いつき、今度は無理矢理に彼の腕をつかまえて、強引に浮上を始めました。
僕も必死でしたが、彼も僕の手を振り払おうとしてもがき続けます。手元のダイブコンピュータを確認すると、そこはなんと水深45m。カリブ海が誇る抜群の透明度のおかげで、それほど深場にいる感覚はありません。しかし、実際の数値を見た瞬間、「これは、水深50mも超えてしまったかも」僕は血の気が引く思いでした。
10分のDECOサイン バディの残圧はわずか5
言いようのない恐怖が交錯する中、とにかく必死で水深を上げていると、僕たちに気づいたガイドがようやく助けに来てくれました。Tさんは無理矢理に連れ去った僕に怒っているのか、理性を失って暴れ回ります。ガイドと僕はTさんの両腕を引っ張りながら、いったん全員で集合しました。その後ガイドは「このまま全員で浮上」の合図を出し、みんなで浮上を開始。浅くなるにつれてTさんも落ち着きは取り戻したものの、訳もわからず涙ぐんだ表情です。案の定、僕とTさんのコンピュータにはDECOが出ており、10分ほどの減圧停止をした後、なんとか無事にEXしました。
EX時の残圧は僕が10で、Tさんはギリギリの残圧5。コンピュータに残った最大水深を確認すると、なんと54mという前代未聞の深さでした。Tさんにその事実を知らせるとひどく驚きながらも、そんなに行っている自覚はまったくなかったという話でした。彼はグルーパーを見つけてダッシュし始めた頃からあまり覚えておらず、ひどい窒素酔いにかかっていたようです。僕自身も危険を顧みずに助けに行き、2人とも無事でほんとうによかったとは思いますが、冷静に振り返るとぞっとする体験です。EX後は幸い、2人とも身体の異常はみられませんでしたが、大事をとって、その日のダイビングは中止。次の日にふたたびTさんとダイビングを楽しみ、コスメル島を後にしました。
PADIコースディレクターからのコメント
すべてをガイド任せにしない
バディ同士での安全管理を徹底
窒素酔いの影響から、どんどん深い所へ行ってしまうバディを止めるという作業は大変ですが、止めなければさらに状況は悪化してしまったでしょう。助けに行くバディが落ち着いて対応することが大切です。
Wさんは海外でのダイビング経験もある程度積んでいるようですが、Tさんは日本国内と海外でのダイビングスタイルの違いなども認識されていなかったのではないでしょうか。
いま一度、バディシステムの認識を新たにしてください。まずバディのダイビング経験、これから行うダイビングのスタイル、深度などの情報をきちんと把握し、バディ同士での安全管理を考えましょう。ただ潜るだけでなく、いっしょにいるバディの安全管理はお互いの責任です。安全管理までガイド任せにしてはいけません。とくに海外の場合、その傾向は顕著です。
そして今回のように、そもそもの計画深度がMAX30mなら、ディープダイビングのトレーニングをきちんと受講してから楽しむことをオススメします。
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アドバイザー
我妻 亨(わがつま・とおる)さん
静岡県・浜松市のダイビングショップ<ダイブテリーズ>のオーナー。世界中のPADIプロフェッショナルの1%にも及ばないPADIコースディレクターの資格を有する。ダイビング歴35年、数々のダイバーのトレーニングや育成に携わっている。
>> ダイブテリーズ/DIVE TERRY’S
http://www.terrys.jp/