沼津港深海水族館 館長
石垣幸二さん
深海生物に特化した世界的にも珍しい水族館の館長。並々ならぬ好奇心で深海生物の謎を追求し続けている。
ニューカレドニア・ラグーン水族館 研究員
Jeff Duboscさん
深海生物やサンゴ、魚類などを専門とする研究員。今回の初来日では、各地の水族館を視察し、独特の文化に触れすっかり日本好きに。
提供:テレビ静岡(*1
(*1)「爆笑問題の深海WANTED(テレビ静岡制作・フジテレビ系全国放送)で「ニューカレドニアで世界初の快挙!連発 スペシャル」と題して放送された
グソクムシが……
オオベソオウムガイ
Nautilus macromphalus
ニューカレドニアの水深10mから600mに生息するオウムガイの仲間で、軟体動物・頭足類に属する。ガスの詰まった殻内の容積を調節して浮き沈みする生態を持ち、日中は深海、夜は餌を求めて浅海へ、といっ たぐあいに垂直運動を行っている。
ニューカレドニアオオグソクムシ
Bathynomus richeri Lowry & Dempsey, 2006
節足動物・等脚類に属するオオグソクムシの仲間の中でも、ニューカレドニアの深海にのみ生息する。体長 25cm ほどになる大型のタイプで、 一般的名称として日本ではニューカレドニアオオグソクムシが知られて いるが、英名はGiant Ispod(大きなワラジムシ)がポピュラー。
すべては好奇心から始まった
約4億年前からほとんど姿を変えていないオウムガイ。今回のプロジェクトは、ニューカレドニアの深海(*2)でひっそり生きてきたこの神秘の生き物への好奇心から始まった。
「オウムガイ属は世界に5種類。その中でオオベソオウムガイは名前のとおり、身体の中心にヘソみたいなものがあるのが特徴です。ニューカレドニアの深海にしか生息していない種で、ずっと憧れていました。いつか飼育できたらいいなと」
そう語る石垣館長に転機が訪れたのは、昨年9月にカナダ・バンクーバーで開催された世界水族館会議でのこと。 「会場で知り合ったジェフがニューカレドニアから来たと言うので、すぐに“行くよ!”と単身現地へ。互いの水族館でパートナーシップを結んで深海生物の繁殖と展示を目的に捕獲して研究しようということになったのです」
さらにこの捕獲作戦がTV番組でも取り上げられることになり、かくしてもう1つのニューカレドニアにのみ生息する深海生物、ニューカレドニアオオグソクムシとともに捕獲&共同研究プロジェクトが始動した。
(*2)深海とは水深200mより深いところのことで、海の95%を占める
2大役者の共演と世界初の生態シーン
「まさかあれほどの数のオオベソオウムガイが集まって来るとは。初めて目にするものばかりでした」
映像を目にした当初を振り返るジェフさんが所属する 「ニューカレドニア・ラグーン水族館」では、古くからトラップ法で捕獲したオオベソオウムガイやニューカレドニアオオグソクムシを展示してきたが、その生態は謎が多いという。 「ニューカレドニアはラグーンのすぐ外側が急激に深く、深海生物の生息域にアクセスしやすいのですが、大変だったのは撮影。光を嫌がるため、ライトをつけての撮影は無理だと言われて。そこで明るさを落として撮影に挑むことに」
撮影時の苦労をそう語る石垣館長だが、こうした工夫によりわずか2回のチャンスで大きな成果を得ることになった。映像にはなんと22~23匹ものオオベソオウムガイが捉えられ、途中からニューカレドニアオオグソクムシが現れるという申し分のない展開に。さらに珍しい生態シーンについて、石垣館長は興奮気味に振り返った。
「ジャンプしながら泳いで移動するニューカレドニアオオグソクムシが映っていましたが、あれはオオベソオウムガイの捕食から逃れていたのです!またオオグソクムシの仲間は嘔吐物を出しその臭いで敵を撃退すると文献に書かれていたのですが、広い海でそんな方法が通じるのかずっと疑問だった。ところが確かに嘔吐物を出したあと、1匹ずつオオベソオウムガイが離れて行く様子が映っていたのです。それを見た瞬間、鳥肌が立ちました」
それはオオベソオウムガイの嗅覚がいかに優れているかをも裏付けした奇跡の映像だった。またオオベソオウムガイが網カゴから離れて行くシーンは、一般人には何が起こったのかわからないものだった。水面から持ち上げた瞬間に嘔吐物を出すオオグソクムシを目の当たりにし、その臭いの強烈さを知っていた石垣館長だからこその発見と言えるだろう。
「ふだんは水槽の片隅でじっとしている地味なニューカレドニアオオグソクムシですが、石垣館長のおかげで日本でも知られるようになりうれしい」
ジェフさんも満面の笑みを浮かべた。
捕獲に使われた網カゴ(トラップ)。餌は手に入れやすくコストパフォーマンスに優れた鶏肉が使われた。「ニューカレドニア・ラグーン水族館」でのオオベソオウムガイの展示は、もともとメガロドンの骨の採集のために入れた底引き網に引っかかって捕獲したのが始まりで、世界初の繁殖にも成功している
捕獲&撮影に成功し、船上で最高の笑顔を見せるジェフさん(前列右端)と石垣館長(後列中央)。網カゴに取り付けた高額なカメラをロストしないだろうかと船上でもヒヤヒヤしていたと石垣館長は言う
ヌメアからおよそ16km沖にあるリーフの外側は急激に落ち込み、水深300mの棚の次は水深500mの棚といったぐあいに階段式に深くなっており、最大水深1,000~3,000mの深海へとつながっている。ダイビング中にオオベソオウムガイが目撃された3つのポイント「ソノア・ロック」「フンボルト」「パス・ドゥ・ブーラリ・アウト」はいずれもリーフに近い場所だ
ダイビング中にノーチラスに会える奇跡の海
リーフの外側には水深1,000~3,000mまで落ち込む深海が広がるニューカレドニア。その特殊な環境は、ダイビングにおいても、ここでしか味わえない魅力を生み出しているようだ。
「じつは今回の撮影で知り合った現地ダイビングサービス〈アリゼ〉の益田智史さんによると、ダイビングポイントでオオベソオウムガイに会ったことがあるそうなんです」
そんな思いもよらない石垣館長の発言を受け、確認してみると9年ほど前ニューカレドニアに来た時に「ソノア・ロック」で目撃し、他にも「パス・ドゥ・ブーラリ・アウト」「フンボルト」での目撃例があるという。しかも浅い所では水深10mというから驚きだ。
「オウムガイの仲間は、日中は深海、夜になると餌を求めて浅場に移動するので、ありえる話ですが、他ではまず聞かない。夜、浅場にやって来た個体を捕まえておいて、ダイバーに見せるというケースはあるけれど、自然の状態でオウムガイに会えるとは……」
石垣館長も驚きを隠せない様子だが、地元で潜り続けているジェフさんも見たことがないというから、レアケースには違いないだろう。とはいえ、潜っているときにノーチラスに会えるかもしれないと思うだけでもワクワクしてくる。そんなニューカレドニアと同じように駿河湾という水深2,500mまで落ち込む深海に面した「沼津港深海水族館」を視察したジェフさんは最後にこう話してくれた。
「浅場まで引き上げるだけでも難しい深海生物が、何種類も飼育されていることに驚いたし、刺激を受けました。私たちの水族館ではニューカレドニアの自然そのものを再現しています。川から干潟、サンゴ礁、深海までという他にはない多様な環境に住む生き物たちにぜひ会いに来てください」
「ニューカレドニア・ラグーン水族館」では、ニューカレドニアオオグソクムシが6か月ほど前初めての脱皮に成功し (かなりスゴいこと)、「沼津港深海水族館」が譲り受けたメスの個体は現在卵を抱えている。始まったばかりの共同研究だが、新たな発見が飛び出す日もそう遠くないかもしれない。
写真 = 鍵井靖章
パス・ドゥ・ブーラリ・アウト
リーフの切れ目に位置する潮通しのいいポイントで、ブラックマンタが見られることでも有名だ。マンタのクリーニングステーションとなっているこのポイントでは、年に1度ほどオオベソオウムガイの目撃例がある
写真 = 鍵井靖章
ソノア・ロック
プリティーテールシュリンプゴビー、エレガントゴビーなど数え切れないほどのハゼの宝庫。白い砂地が心地いいこのポイントで、〈アリゼ〉の益田さんはオオベソオウムガイに遭遇した
ニューカレドニアと日本の水族館でも彼らに会える
ニューカレドニア・ラグーン水族館
AquariumdesLagons
Nouvelle-Calédonie61,PromenadeRogerLaroqueAnseVata-BP8185
tel.(+687)262731
www.aquarium.nc
世界で初めて光る蛍光サンゴの展示を行って話題を呼んだヌメア市内にある国営水族館で、8年前にリニューアルオープンした。保護したウミガメの展示をはじめ、広い水槽に50匹ものオオヒカリキンメダイやヒカリキンメダイがうごめくユニークな展示なども魅力。天然光を取り入れた明るい自然な造りも好評だ。
沼津港深海水族館シーラカンス・ミュージアム
静岡県沼津市千本港町83番地
TEL. 055-954-606
www.numazu-deepsea.com
西伊豆でのアフターダイブにピッタリな沼津港にある深海生物に特化した水族館。世界初となるシーラカンスの冷凍個体の展示で一躍有名に。現在、ニューカレドニア特別展として現地で捕獲したオオベソオウムガイとニューカレドニアオオグソクムシの展示を行っており、今後も継続して繁殖や研究を行う予定だ。