ホソエガサ
石川県・能登島の海は、夏29℃、冬は5℃と寒暖の差があるため、海の四季をはっきりと感じることができます。その季節ごとの変化を如実に表してくれるのが海の植物である海藻や海草です。
そして、海と人が共に暮らす「里海」という理想郷が存在する能登島の海中には、海藻の森が広がっています。海藻で見る四季の移り変わり、変化する海中環境、それに合わせて繰り返される生態行動など、ひとつひとつの海藻にまつわるストーリーを、能登島の海藻に魅せられたガイド・須原水紀さんが美しい写真とともに紹介します。
「Mermaid’s Wineglass-人魚のワイングラス」とは洒落た名前。これはホソエガサという名の海藻の別名だ。
確かに上向きのカップのようなフォルムに、その下に付く茎はワングラスのステムにも見える。数あるワイングラスの中でも、私はシャンパングラスが一番しっくりくると思う。
さて、このホソエガサは絶滅危惧種Ⅰ類に指定されている。これは絶滅の危機に瀕している、一番危機的なランクとして位置づけられているそう。近年の沿岸域の開発による水質変化が影響して、日本のあらゆるところに生息していたホソエガサは全て絶滅してしまったとのことだ。そして、今や能登半島にしか生息が報告されておらず、その中でも群生が確認されているのは能登島沿岸域となっている。なぜこのような状況に陥ってしまったのかを探るためにも、このホソエガサは生息する条件を調べてみた。
まず水質については、十分に光合成をおこなうことができるように透明度の高さ、そして十分に太陽の光が届く非常に浅い1~2mの海域。続いて貝の殻を基質とするため、豊富な貝類の生息域。さらに胞子が付くこの貝が砂や泥に埋まるなど、水底の砂質の汚染が影響を及ぼすそうだ。ある程度の波や潮流が砂を払ってくれるが、転がって倒れてしまうほどの強さではいけないとのことのようだ。
防災や開発のために人は沿岸域を大いに変えてしまった。防波堤や埋め立ては本来の潮流に変化を与え、潮の流れが変わったために海の植物や生き物は居心地の良い住みかを追いやられてしまいます。実は私がホソエガサを観察している能登島のエリアも、過去に土地改良のため埋め立てられた所である。当サービスがある場所は昔は海で、遠浅な海を子供たちは魚を追いながら歩き、今現在もこの辺りのシンボルになる「松島」に渡ったそう。当時は手で捕まえられるほど魚がたくさんいたと聞く。その頃から比べると海は変ってしまったと、地元の方々は嘆いていた。今でさえ美しいと思うこの能登島の海だが、いったい当時はどれくらいのワイングラスが散りばめられていたのかと想像したり。
松島の上空からの風景【撮影:阿部秀樹】
さて、このホソエガサの見ごろは6月~9月。私は個人的に6月の初期のホソエガサをお勧めしたい。まだカップを開ききらない、つくしのような額がついたような様子が若々しくてとても好きなのだ。また、産毛のような繊細な毛状がカップを覆い、柔らかくふんわりとした様子と、若葉らしい優しいグリーンがフォト派の心を掴んで離さないようだ。直径5mmほどの小さなワインカップは、絶滅に瀕しているとは思えないほど、能登島松島の水底を鮮やかな緑で敷き詰めている。
ホソエガサ 貝
須原 水紀(すはら・みずき)さん
生まれ故郷である能登のダイビングサービス<能登島ダイビングリゾート>でガイドとして勤務。海藻への愛と情熱はピカイチ。また、マクロ生物も大好きで、海藻に付くマクロ生物を探し出す眼は「顕微鏡の眼力」といわれるほど。