ラインを伝って潜降中に上下逆さまに 危険なダイビング事例分析 Vol.11

DANアメリカでは、メンバーから寄せられたさまざまなトラブルの報告を専門家が分析・評価してダイビングの安全に役立てているが、DAN ジャパンでは、DANアメリカの協力により、その内容を翻訳、会員に紹介している。DANジャパンに、一般公開されている事例をピックアップして紹介してもらった。 今回紹介するのは、潜降中に上下逆さまになり溺れて死にかけたケースです。

体の不自由なダイバーが調子の良くないレギュレーターを使用していた。
水中で上下逆さまになり、溺れて死にかけた。

報告されたケース
デールは生まれつきの二分脊椎症*1です。陸上では介助なく歩けますが、水中で脚をつかうのに必要な運動能力レベルはありません。ある年のクリスマスに妻からダイビングをプレゼントされ、それ以来ずっとダイビングに夢中です。水中では足を使わず手だけで移動するので、フィンはつけません。水中では少しの間脚が不自由なことを忘れ、制限のない自由を楽しむことが可能です。

*1 訳注:脊椎骨の先天的な形成不全によっておこる神経管閉鎖障害のひとつ。下肢麻痺や膀胱直腸障害などを引き起こします。

アランは健常者のダイバーです。のんびりとダイビングを楽しむ予定で、デールと同じツアーに申し込みました。彼はアドバンスダイバー認定講習を受講中で、レスキューダイバーでもなければインストラクターでもありませんでした。アランと彼のバディは、トラブルのない平穏なダイビングを期待し、楽しみにしていました。

ツアー中のある日の朝、ダイバー達はボートでダイビングの準備をしていました。海は静かで、流れはほとんどありませんでした。このダイビングは、水深105-115フィート (32-35m)にある沈船を潜る上級者ダイビングで、透明度は良好でした。全ての器材を装着したデールとアレンは、最初にエントリーするグループでした。

ラインを伝って潜降している最中、デールは自分で修正することが出来ないほど完全に上下逆さまになってしまった事に気付きました。何とか落ち着こうとしましたが、立て直そうとしてももがくばかりでした。

デールの器材は購入してから10年経っていて、呼吸しにくいレギュレーターでした。呼吸をすると水しか入ってこなくて、さらにもう一度吸っても状況は同じでした。デールは自分のオクトパスに手を伸ばし取り出しましたが、周りが暗くなり、コントロールを失って沈船に向かって回りながら沈み始めました。そして、「自分はもう死ぬのだ。」と思いました。

潜降ラインでデールの後ろにいたアランは、目の前で起きている一連の出来事を目撃していました。
デールのバディを含む誰1人として、彼がトラブルに陥っていることに気付いていないようでした。
アランは全力で泳ぎ、水深20フィート(6m)でデールを捕まえました。BCDは前がはだけてゆらゆらしていて、デールはオクトパスの方に手を伸ばしていました。アランはデールを掴み、浮上しようと格闘しましたが、デールは意識を失い全く協力的でなかったので、気付かぬうちに2人共が潜降し続けていました。アランはデールの体の右側だけをなんとか引っ張り上げ、オクトパスを口に押し込みました。そして、デールがエアトラブルになっていることに気付いたので、後ろ向きにしてバルブが開いているかを確認しました。

この時点で、まだ潜降し続けていることに気付いたので、アランはデールのBCDにパワーインフレーターを使って空気を入れました。そして、デールの顔を見ると、眼は虚ろで、口はだらしなく開いてレギュレーターが外れていました。

アランは水深83フィート(訳注:約25m)で、ようやく潜降を止めることが出来ました。レギュレーターをデールの口に戻し、肺に空気が強制的に送られることを期待して、パージボタンを押したままにしましたが、デールの様子に何の変化もありませんでした。そのため、自分とデールのBCDに素早く空気を入れて水面まで浮上させました。

水面では、ボートのクルーがすぐに異常に気付いてくれました。ダイブマスターが救助のアシストのために飛び込んで泳いで来て、一緒に器材を外してボートまで曳航しました。ボートの船長とクルーがデールを水から引き揚げマスクを外したところ、マスクの中に血が付いており、デールは呼吸をしていませんでした。船長は、「彼は亡くなった。」と言いました。

アランはゾッとしながら状況を思い返した時、自分が水深83フィート(25m)から直接急浮上したとことに突然気づきました。そして、言葉もなく、時期を逸していたとしても安全停止を完了するために、水中に戻りました。アランはたった今起こったことがショックで、自分の行動を整理できずに潜降ラインの水深20フィート(6m)につかまっていました。

その間、ダイブマスターはデールの気道確保をし、ボートのキャプテンは沿岸警備隊に緊急支援を要請するために無線連絡をしました。幸運な事に、最も近い沿岸警備隊の船舶は10分しか離れていない場所にいました。 ゴムボートがダイビングボートに着いた時、デールは息を吹き返し、話をしていました。その後最寄りの病院に搬送され、「恐らく喉頭痙攣が起きて気道が閉鎖されたために、肺に水が入らず、溺死しなかったのだろう」と言われました。

ダイビング後、アランは昼食を食べに出かけました。すると突然、右手と右足がチリチリと痛み始めました。そして、立ち上がるとめまいが波のように襲ってくるのを感じ、頭部に奇妙な圧迫感もありました。そこで、アランはデールが搬送されたのと同じ病院に行きました。

病院では減圧障害(DCI)と診断され、再圧チャンバーで4時間45分の治療を受けました。デールは、病院から出てくるアランを待っていました。再会した時、2人は一瞬視線を合わせ、それからデールは命の恩人に感謝と称賛の気持ちを伝えるために、握手をしようと手を差し出しました。

メモ:機能障害のあるダイバーの数は年々増加しています。それぞれのダイバーに特別なニーズがあり、それぞれに配慮が必要です。デールは、どのような体勢でも呼吸の出来るレギュレーターが自分に必要であることを、今では理解しているでしょう。デールは経験豊富なダイバーですが、体に不自由があるために特有の限界があります。

そしてアランは、どのような緊急浮上であっても水から上がり、可能であれば酸素を探すべきだと今では理解しているでしょう。

専門家からのコメント

機能障害のあるダイバーには、障害について理解し、アシストできるようにトレーニングを受けた健常者のバディが必要です。複数の指導団体でトレーニングが提供されています。

二分脊椎症は最も一般的な先天性欠損のひとつで、全世界で約1,000人に1人の割合で生じます。程度の差はありますが、脊髄の一部が保護されない状態で脊椎管の閉鎖が不完全な障害です。この障害の状態は様々で、ダイビングへの適性は個々の状態に基づいて判断しなければなりません。

アランはデールを救うために奮闘し、さらに自分の命を危険にさらしました。アランの行動は間違っていませんでしたが、レギュレーターをデールの口に戻そうとせずに直接浮上することも可能だったのかもしれません。すでに判明しているように、デールの肺には水は全く入っていませんでした。アメリカの学会 Undersea & Hyperbaric Medical Society (UHMS)では、意識のないダイバーを救助するための提言を出しています。

もしこれがアランのその日最初のダイビングだったら、潜水時間は非常に短く、恐らく減圧障害(DCI)は発症しなかったでしょう。また、このような緊急浮上では動脈ガス塞栓(AGE)を疑うべきでしょうが、発症が遅かったことから、その可能性は排除できると思います。
受診時にアランに症状が残っていることが確認されたのか、それとも既に消失した自覚症状を報告したので治療を受けたのか、はっきりしません。いずれにせよ、そのような場合、今回のような治療は正しいとされています。しかし、アランの症状の原因が減圧障害(DCI)であった可能性はあまり高くないでしょう。

受診時に症状が消失しており、つまりは、ダイビング後の一過性の症状が見られない場合、ダイブコンピューターの記録が発症の原因を知る助けになる可能性もあります。

– Petar J. Denoble, MD. D.Sc.

★インシデントレポートとは
大事にはいたらなかったが、ヒヤリとしたりハットした経験(インシデント)に関する報告書のこと。内容を分析し、類似した事例の再発や、事故の発生を防止することが主な目的。ヒヤリ・ハット報告書。

コラムニスト

DAN ジャパン(ダン・ジャパン)


〈一般財団法人 日本海洋レジャー安全・振興協会〉が行うレジャーダイビング事故者に対する緊急医療援助システム。会員になると、レジャーダイビング保険に自動的に加入。会報誌やwebサイトで潜水医学や安全に関する情報が得られる。また、海外で事故にあった場合にもスムーズに救助・搬送・治療が受けられる。

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