胸の痛み(2)Dr.山見のダイバーズクリニックvol. 20

今回は前回に引き続き、肺の痛みについての話です。「肺破裂」についても詳しくうかがいました。

息を止めて浮上してはいけない!

●「肺破裂」は、どういうときに起こるのでしょう?

山見:息を止めたまま浮上すると、肺の中の空気が膨張し続け、限界を超えると肺が破れます。これが肺破裂(肺の気圧外傷)です。

●どんな症状が現れますか?

山見:軽症であれば、胸の違和感や軽い息切れのこともありますが、重症の場合には呼吸困難になります。

●肺が破裂するとどうなるのですか?

山見:「破裂」といっても、弾け散るわけではありません。肺胞が破れ、空気が肺の外に漏れ出します。漏れ出した空気が肺や心臓を圧迫するのが、前回もお話した「緊張性気胸」です。

●肺から漏れた空気が肺を圧迫するのですか?

山見:図1を見てください。気圧外傷によって肺の外に出てしまった空気は、ふつう臓側胸膜と壁側胸膜の間に溜まります。溜まった空気は浮上とともに膨張します。呼吸のたびに空気が肺の外に漏れ出し、正常な肺が圧迫されるため、呼吸ができなくなり、死亡することもあるのです。

気泡が脳に詰まる!

山見:肺の破裂によって漏れ出し、行き場を失った空気は血管の中に入り込むこともあります。

●どうしてですか?

山見:漏れた空気は浮上中に臓側胸膜と壁側胸膜の間で膨張します。この空気圧が肺血管の血圧よりも高くなると、空気が血管の中に入り込みます。空気圧より血圧のほうが高ければ、血液が肺の中に滲み出るため、泡状の血を吐く「喀血」などの症状がみられます(図2)。

●血管の中に入った空気はどうなるのでしょう?

山見:血管内に入った空気が心臓を通過して脳まで運ばれると、脳動脈ガス塞栓を起こすことがあります。脳動脈ガス塞栓は、脳の血管に運ばれた気泡が詰まり、手足の運動麻痺や知覚麻痺、言語障害などの中枢神経症状が現れる病気で、重症の場合、死に至る可能性が約30%ほどあります。

●治療法は?

山見:高気圧酸素治療です。圧力下に入り血管内の気泡を小さくて、酸素を吸入します。

「自然気胸予備軍」はキケンか?

●健康診断で気胸を起こす可能性があるといわれた人がダイビングをするのは危険ですか?

山見:胸部レントゲンや胸部CT などの検査でブラ(気腫性嚢胞)が見つかると、気胸を起こす可能性があると説明されます。ブラは、いくつかの肺胞が変形して融合した脆弱な組織です。日常生活中にブラが破れる病気を自然気胸といいます。ダイビング中は気道抵抗が高いため、ブラは破れやすく、特に浮上中、
気胸を起こすことがあります。減圧が誘因になったと考えられる気胸は減圧性気胸と呼ばれています。

●ブラがあると、リスクが高くなりますか?

山見:ブラがある方は、気胸の既往がなくてもダイビングのリスクは高いと判断されます(ダイビング適性基準では危険性が高い状態に該当)。万一、水中で気胸が発症すると、溺れて動脈ガス塞栓を起こすなど、生命にかかわるトラブルに発展することが多いからです。

●治療を受ければダイビングはできますか?

山見:自然気胸を発症したときは、脱気治療* 1 を受ければ肺は元の大きさまで膨らみます。ただ、自然気胸は治っても、ブラがなくなったわけではないので、再発することがあります。再発率を抑えるにはブラを取り除く手術(縫縮術など)を受ける必要があります。

●ダイビングは難しいですか?

山見:自然気胸を起こした方が、一生のうちに再発する率は、脱気治療だけを受けた方では20%〜60%、ブラの縫縮術を受けた方では0 〜4%になります。ダイビング適性については専門家の間でも意見が多少分かれます。手術でブラを取り除いた方は、無処置の方よりダイビング中に起こる肺気圧外傷のリスクも下がりますが、一般にはリスクは十分低下したとは考えられないため、適性から外れると判断されます。

手術の影響は甚大

●肺の手術を受けた人でもダイビングはできますか?

山見:肺の手術をすると、肺胞や気管支が傷つき組織が脆弱になります。ダイビング中、脆弱になった組織から空気が漏れると肺の気圧外傷が発生します。手術の内容や病気によっては肺の中に空洞性病変* 2 ができることもあります。気管などと少しだけ開通している空洞ができると、ダイビング中、チェックバルブ機序が働き、浮上するとき肺が破れることがあります。心臓や胸腔内の血管の手術後でも、肺の組織が弱くなり気圧外傷を起こすことがあります。

●事前の検査は必要ですね

山見:手術を受けたときは、肺(肺胞や末梢の気管支)の組織が傷んで破けやすくなっている箇所がないか、空洞ができている可能性はないか、担当医に聞いておく必要があります。ダイビング開始前は、胸部CT と呼吸機能検査を受けてください。CT検査で空洞性病変が見つかるとダイビングは危険(ダイビング適性基準では「相対的に危険な状態」に該当)と判断されます。ブラ、結核後などに見られる空洞病変、慢性閉塞性肺疾患(肺気腫、慢性気管支炎)があるダイバーは、息を止めずに浮上しても発生することがあります。

* 1 脱気治療:胸の横から胸腔内にチューブを入れて、肺から漏れた空気を抜く治療。
* 2 空洞性病変:柔軟性に富んだ丈夫な組織に囲まれた空洞であれば、潜降時に縮小し、浮上時に元の大きさに戻るだけなので気圧障害は発生しない。しかし、組織が脆弱で、チェックバルブ機序が生じる空洞性病変では、浮上時、肺が膨張して破れることがある。破けやすい空洞性病変は、ダイビング適性基準では「絶対的に危険な状態」と判定される。

コラムニスト

山見 信夫(やまみ・のぶお)先生


医療法人信愛会山見医院副院長、医学博士。宮崎県日南市生まれ。杏林大学医学部卒業。宮崎医科大学附属病院小児科、東京医科歯科大学大学院健康教育学准教授(医学部附属病院高気圧治療部併任)等を経て現職。学生時代にダイビングを始めインストラクターの資格を持つ。レジャーダイバーの減圧症治療にも詳しい

>>ドクター山見 公式webサイトはこちら
http://www.divingmedicine.jp/
*サイト内では、メールによる健康相談も受けている(一部有料)

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Koga

DIVER ONLINE 編集部

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