空気潜水と、どこが違う?
●「ナイトロックス」と「空気」はどこが違うのですか?
山見:空気に含まれる窒素と酸素の割合( 窒素78.084 %、酸素20.9476 %)を変えた2 種混合ガスをナイトロックスといいます。一般にナイトロックスというと酸素濃度が高いガスを指しますが、著しく高圧の環境では酸素中毒を予防するために酸素濃度が低いガスを使うことがあります。そのため、酸素濃度が高いことを表したいときはエンリッチド・エアを冒頭に付けてエンリッチド・エア・ナイトロック(EANx)*1といいます。
●ナイトロックス以外にも、ダイビングに使われる呼吸ガスはありますか?
山見:水深40m以上に潜るときは、窒素酔いや酸素中毒にも注意が必要です。減圧症と窒素酔いを予防するために窒素濃度を減らし、酸素中毒を予防するために酸素濃度も減らしたいときは、窒素と酸素にヘリウムを混ぜた3種混合ガスを使用します。おもに3 つのガスが混合されているので、3種混合ガス(トライミックス・ガス:trimix gasまたはトライミクス)と呼ばれます*2。
「活性酸素」問題は大丈夫?
●酸素濃度が高いガスを吸うと、活性酸素が増加するのでは?
山見:確かに、酸素濃度の高いガスを呼吸すると、活性酸素*3 が増加する可能性があります。活性酸素は、EANxの酸素濃度が高いほど、また吸っている最中の運動量(運動強度)が多いほど増加する傾向があります。
●注意が必要、ということですか?
山見:たとえば、高分圧の酸素(0.7~ 1.6 絶対気圧程度)を吸いながら泳ぎ続け、浮上時、酸素減圧(99%酸素吸入)をしたテクニカルダイバーは、エグジット直後の血清中活性酸素*4 が増加する傾向があります。ただし、EANxを使用しても、酸素減圧(水深5m以浅で100%酸素吸入)をしても、酸素限界深度と潜水許容時間を守れば、継続的に基準値(安全範囲)を上回ることはありません。
●レジャーでも関係ありますか?
山見:レジャーでよく使われているEAN32(32%酸素)やEAN36(36%酸素)を使ったダイバーでは、活性酸素の増加について一定の傾向が見られません。過剰な運動負荷をかける(長時間速い速度で泳ぐ)などの身体ストレスをかけなければ、個人差や日差変動(日によって変化する)の要因も加わるため、統計上、有意な差が認められません。
●普通の空気潜水と比較しても差がないのですね。安心しました。
山見:EAN32 の酸素分圧は、空気(1絶対気圧下では窒素が0.79 絶対気圧、酸素が0.21絶対気圧)の1.52倍(0.32÷0.21=1.52)です。たとえば、EAN32で水深16mに潜ったとすると、酸素分圧は0.832絶対気圧になり、空気で水深30mに潜ったのとほぼ同じこと(酸素分圧0.84絶対気圧)になります。このように、酸素分圧の高いEANx で潜っても、深度が浅ければ体に入る酸素量は空気と差がありません。逆の言い方をすれば、空気潜水であっても陸上より過剰な酸素が身体に入っているということになります。
●抗酸化力には影響はないのですか?
山見:運動強度の少ないダイビング(心拍数110/ 分以下)をすると、エグジット後、血清中の抗酸化力が増加するというデータもあります。若干増加する活性酸素に対して、身体内の抗酸化物質が動員されるのかもしれません。
●最後にナイトロックスと空気で、窒素の吸収と排出にどんな違いがあるか教えてください。
山見:空気とエンリッチド・エア・ナイトロックス(EANx)について、窒素の吸収と排出を図1にまとめました。
*1 EANx:EANx は、Enriched Air Nitrox を略した言葉でx には酸素の割合が表記される。酸素32%のEANxであればEAN32、36%であればEAN36 となる。
*2 ヘリウムと酸素の2 種混合ガスはヘリオクス・ガス(heliox gas)またはヘリオクスという。
*3 活性酸素:細胞や細菌を攻撃する酸素。一般の酸素が善玉扱いされるのに対して、活性酸素は悪玉扱いされることが多い。活性酸素は、細胞を傷つけるなど、体に悪影響を及ぼすことがあるが、白血球から放出される活性酸素は細菌を殺すなどの働きもあるため生命維持に不可欠。
*4 活性酸素:活性酸素はすぐに変化するため、一般に測定されるのは代謝(反応)過程で生じるヒドロペルオキシド(hydroperoxide)。
*5 我々は大気圧下(日常生活)において、約1 リットルの窒素が溶解した状態で生活している。大気圧下でも、EAN を吸うことで窒素の一部が排出される。
*6 肺胞内の窒素分圧が血液中より高ければ高いほど吸収(肺胞内から血液中への移動)が速くなる。
*7 浮上(減圧)すると、全身の窒素がすべて排出方向に向かう(組織→血液→肺胞→呼吸によって排出される)印象を受けるかもしれないが、実際には、一部の組織では、減圧中でも蓄積する方向に窒素が移動することがある(図2)。
*8 浮上すると(環境圧が低下すると)、多くの組織で窒素は排出する方向に向かうが、組織に溶解できる許容量は減ってしまうため飽和率は上がる。
*9 EAN の酸素分圧が高ければ高いほど、残留窒素の排出は促進される。吸入するエアの酸素分圧が高いと、肺胞内の窒素分圧が低くなるため。
*10 100%酸素を吸いながら安全停止(または減圧停止)することを酸素減圧という。酸素中毒予防の限界分圧を1.4ATA にすると水深4 m以浅、1.6ATA まで許容すれば水深6 m以浅で酸素を吸いながら減圧できる。深い深度で吸うほうが窒素は効率的に排出される。
コラムニスト
山見 信夫(やまみ・のぶお)先生
医療法人信愛会山見医院副院長、医学博士。宮崎県日南市生まれ。杏林大学医学部卒業。宮崎医科大学附属病院小児科、東京医科歯科大学大学院健康教育学准教授(医学部附属病院高気圧治療部併任)等を経て現職。学生時代にダイビングを始めインストラクターの資格を持つ。レジャーダイバーの減圧症治療にも詳しい
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*サイト内では、メールによる健康相談も受けている(一部有料)