サンゴの周りはストレスであふれている
ストレス社会といわれる現代の人間社会、サンゴの社会でもストレスが多く存在するのはご存じでしょうか? サンゴを食べてしまうオニヒトデやレイシガイダマシといったものはもちろんですが、さまざまな環境変動がストレスになってしまいます。サンゴは海水温が20~30℃の海を好みますので、その範囲を超えてしまえばそれはストレスとなります。世界中で起こった白化現象は、水温が30℃を超えた日が長く続いたために起こり、これは人間社会が元凶である地球温暖化がかかわっていると考えられています。その他にも、深刻な土壌の流入、農薬や洗剤、化学物質など人為的ストレス、台風や紫外線量増加、海水温上昇などの自然のストレス、狭い範囲で起こる地域的なものから地球規模で起こるものまで、サンゴは数多くのストレスにさらされています。そのストレス同士お互いに関連しているものもあり、非常に複雑化しているのが現在の問題です。
ストレスの影響を調べた研究として、カサレト・ベアトリス、鈴木款両教授(静岡大)らと共同で行った実験の結果を紹介します。写真で示すのは、高水温とバクテリアのストレスにさらしたサンゴの写真です。バクテリアは肉眼では見えない小さな細菌ですが、高水温と組み合わさったとき白化が大きく進行している様子がわかるでしょうか? つまり、バクテリアは、27℃では働きませんが、32℃では白化に大きく影響することが示唆されています。同時に、白化したサンゴでは、光合成能力や骨を作るための機能である石灰化能力など生きていくのに欠かせない能力が著しく低下し、サンゴが大きなストレスを感じていたと結論づけました。このバクテリアは、排水など人間活動の影響により増加する可能性があるもので、今後注意して観察する必要があります。
ストレスが高まると防御機能もUPする
また、サンゴはストレスに対する防御機能も持っており、ストレスの耐性を調べる研究も行われています。たとえば、我々人も持っているもので、活性酸素を取り除く抗酸化物質ですが、サンゴはストレス時にはその能力を高めることがわかっています。活性酸素は、高水温時にサンゴの体内で過剰に生成したり、紫外線が強いと多量に生成しストレスの原因となるものです。その紫外線から身を守るため「マイコスポリン様アミノ酸」と呼ばれる紫外線を吸収する化合物、ノーベル化学賞を受賞された下村博士がオワンクラゲから発見した緑色に光る「緑色蛍光タンパク質」などをストレスに対処するための手段として持っているという研究も発表されました。サンゴが誕生したのは2億年とも5億年前ともいわれますが、ストレスに対抗するさまざまな防御機能はサンゴが長年生き抜くために備えてきたものであり、進化の賜物なのかもしれません。
ダイバーは加害者?それとも、救世主か?
サンゴの持つストレスへの防御機能を理解し、サンゴが耐えうる限界を見極めた上で、人とサンゴ礁の共存を図らなければなりません。私たちダイバーは、サンゴにとってはストレスとなる一方で、サンゴを守ることにも貢献できます。まずは、1人1人がサンゴという生物を知り、サンゴに触らない、サンゴを折らない、サンゴに乗らないなどあたりまえのことを意識することで、少しでもサンゴへのストレスを減らしていくことが必要になっています。「Think Globally, Act Locally」地球規模で環境問題を考えながら身近な所から行動しようという考え方です。海の美しさ、大切さを知るダイバーの皆さんが、少しでもサンゴへのストレスを意識すること、環境のことを考えて身近な所から行動すること、また、海を知らない友人や同僚に写真などを通じて海の魅力を伝えるだけでもサンゴ礁保全の第一歩です。私もダイバーで、海にサンゴに魅せられたことが海の研究を始めたきっかけです。サンゴの防御能力を過信せず、サンゴのストレスを取り除けるような研究を進めていければと思います。サンゴやそこに暮らす生き物にとってストレスのない社会を取り戻しましょう。
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文=樋口富彦(静岡大学創造科学技術大学院・特任助教)
琉球大学大学院にて海洋環境学の分野で博士号(理学)を取得。
「サンゴ礁学」ポスドク研究員を経て現職。現在、A02班連携研究者として、複合ストレス評価および素過程解明を担当。
【月刊ダイバー2011年12月号に掲載】
「サンゴ礁学とは?」
文部科学省の科学研究費の支援を受けた研究プロジェクトです。人とサンゴ礁が共生する社会を構築するための学術的な基礎をつくることを目的に、生物学・化学・地学・工学・人文社会学など、さまざまな分野の研究者65名が連携して研究を行っています。この連載では、サンゴ礁学の博士研究員や大学院生から成る「サンゴ礁学若手の会」が、それぞれの研究や専門分野における最新の研究情報をお伝えし、サンゴ礁の不思議を調べる研究の醍醐味をお伝えします。