今の海、昔の海
皆さんは沖縄の海を見てどう感じるでしょうか? 白い砂、青い海、色とりどりのサンゴや魚、想像していた「沖縄の海」があったのではないでしょうか。私も初めて沖縄の海に潜った時、その衝撃的な美しさに魅せられて、海の世界に引き込まれました。
しかし、大学の先生や漁師の人たちなど、昔のサンゴ礁を知っているかたがたの話を聞くにつれ、じつは私が「美しい」と感じたサンゴ礁は昔の姿からは程遠く、この数十年の間で急速にその「美しさ」を失っているという事実を知りました。そして、せめて今あるサンゴ礁だけでも未来に残さなくてはいけないと感じ、サンゴ礁の研究を始めました。
海の中にも二酸化炭素が増えている
近年、大気中の二酸化炭素が急速に増加しているのは多くのかたがご存知だと思います。大気中の二酸化炭素が海に溶け込むと、海水と反応して海水中に水素イオンが放出されます。水は水素イオンが多いほど酸性度が増すので、大気中の二酸化炭素が増えるのに伴って、海水がどんどん酸性に近づいています。これが「海洋酸性化」という新たな環境問題です。サンゴ礁生態系の中心でもあるサンゴは研究が盛んに行われていて、酸性化が進むとサンゴの骨格成分である炭酸カルシウムが溶けやすくなり、サンゴの石灰化速度(骨を作る速度)が低下するということがわかってきています。
しかし、これらの報告の根拠となっている実験は室内で短期的に行われているものが多く、使用しているサンゴの種類も数種類に限られているのが現状です。実験は室内で行う場合、人工的な光を使用しますし、波や潮の干満もないので、実際の海とはずいぶん異なる環境になります。加えて、海洋酸性化は一瞬で起こり短期的に終わるのではなく、長期的に続く問題なので、短期的な実験からは見えてこないこともあるかもしれません。
また、サンゴは世界中に600種以上もいると考えられていて、すでに高温ストレスに対しては、サンゴの種類によってストレスの受け方に違いがあるのではないかと考えられています。このように、サンゴの飼育環境や種の違いを考慮すると、これまでの研究で得られてきた事実は、実際に酸性化が起こる野外のサンゴの反応を必ずしも反映しているとは限らないのではないか、と考えるようになりました。
実験室から、海から、サンゴの未来を探る
そのような現状を踏まえて私は、沖縄でよく見られる2種類のサンゴを使って、光と水温は自然状態のまま、より野外環境を反映した状態での長期的な酸性化影響を調べました。すると、少なくともそのうちの1種では酸性化の影響をあまり受けないことがわかってきました。この結果から温度や光条件など刻々と変化するさまざまな環境因子を同時に見ていくことの重要性が明らかになりました。いっぽうで、すべてのサンゴが環境の変動に対して同じ反応をするのではなく、ストレスに強い種、弱い種がいる可能性があることがわかってきました。つまり、今後海洋酸性化が進行し続けた場合、より影響を受けやすいサンゴはいなくなるいっぽうで、ストレスに強いサンゴのみが生き残り、多様性の低いサンゴ礁へと変わっていく可能性があるのです。このように、生息環境や種による反応の違いなどの複雑性を考慮すると、酸性化の影響を解明するのは一筋縄ではいきません。
現在は、さらに酸性化の影響の機構を調べるため、温度や光の強さを一定に保った室内での飼育実験を行うと同時に、実際の海でのサンゴの反応を確かめるため、二酸化炭素濃度が高くなっている特殊な海域でも、サンゴの成長量を調べています。このように、室内と野外、さらに実際の海から多面的に海洋酸性化の影響を調べています。酸性化によって沖縄のサンゴ礁が今後どのような影響を受ける可能性があるのか、より正確に明らかにすることを目指しています。
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文=高橋麻美(琉球大学大学院理工学研究科 博士前期課程)
琉球大学理学部海洋自然科学科を卒業。
同大学大学院博士前期課程に在籍し、海洋酸性化がサンゴに与える影響について研究を行っている。
【月刊ダイバー2012年1月号に掲載】
「サンゴ礁学とは?」
文部科学省の科学研究費の支援を受けた研究プロジェクトです。人とサンゴ礁が共生する社会を構築するための学術的な基礎をつくることを目的に、生物学・化学・地学・工学・人文社会学など、さまざまな分野の研究者65名が連携して研究を行っています。この連載では、サンゴ礁学の博士研究員や大学院生から成る「サンゴ礁学若手の会」が、それぞれの研究や専門分野における最新の研究情報をお伝えし、サンゴ礁の不思議を調べる研究の醍醐味をお伝えします。