100mを潜るフリーダイバーHANAKO
フリーダイビングは特殊な機材を使うことなく、たったひと呼吸だけで潜れる深さや距離、時間を競う競技スポーツです。フリーダイバーのHANAKOさんは深度を競う海洋種目で、水深106mへの潜水に成功したトップアスリート。
HANAKOさんは言います。
「フリーダイビングの醍醐味は、自分の心と身体に向き合いながら、より自然体を追求すること」。
自らの身体と心で未知の領域を目指すフリーダイビングの対極ともいえるアプローチで大深度を目指すのがテクニカルダイビングです。レジャーダイビングの枠を超える水域へ、装備と知識、スキルを駆使して侵入します。沈船や水中洞窟、そして大深度…、いずれもレジャーで挑めば無謀な潜水以外のなにものでもありませんが、テクニカルダイバーとしてトレーニングを積むことで新しい水中世界の扉を開くことができます。
姉妹でテクニカルダイビングを探求
鈴木姉妹は、日本に十数人しかいない女性のテクニカルダイビングのインストラクターです。 ディープダイビング(大深度への潜水)をきっかけにレジャーからテクニカルダイビングの世界へ足を踏み入れた姉の雅子さん。
「テクニカルダイビングにも分野がいくつかあり、分野によって楽しみ方や魅力が違います。私は深場の経験を積んだ後にケーブダイビング(水中洞窟)を体験して、深場とはまた違う感覚を味わいました。この先はどうなっているんだろう?という期待感と、奥深くに到達できた興奮は忘れられません。ここ数年はレック(沈船)を潜る機会が多くなりました。外側から見るだけではなく沈没船の内部へ侵入するワクワク感が高まるダイビングです」
じっくり長く計画的に水中に滞在できるテクニカルダイビングには新しい発見や達成感が多くあるそうです。
妹の智子さんもテクニカルダイビングの魅力を「トレーニングを継続し、実践経験を積むことで、余裕を持って楽しめる水中世界の範囲が広がっていくこと」と話します。
「どの分野にも挑戦を続けていきたいと思っていますが、1つだけに絞るなら、ディープダイビングです。自分自身の深度的達成感、潜り慣れたポイントの新たな領域を目にする感動、深場にしかいない生物との出会いなど、ディープダイビングの魅力は数多くあります。深場の経験を重ねていくことで、深場にある沈没船や洞窟などに挑戦する機会が作れます。自分にとってはディープダイビングがさまざまなダイビングの基礎となっています」
フリーダイビングとテクニカルダイビングでコラボ!
真逆ともいえるアプローチで大深度に向かう3人は昨年11月、「水深50mでmeetする」というプロジェクトを敢行しました。コロナ禍でネガティブな話題ばかりが続いた2020年。自分たちのスタイルで新しいことにチャレンジする意義は大きいと考えたのです。
「HANAKOはフリーダイビング、私たちはテクニカルダイビング。スタイルは違えど、追求した先にある魅力的な水中世界でコラボレーションしてみたい、、そんな気持ちがありました」と雅子さん。まだまだ知名度が低く、理解されにくいテクニカルダイビングを少しでも知ってほしいという思いもありました。海外遠征が多いHANAKOさんがコロナの影響で国内にいたことも、プロジェクトを後押ししました。
HANAKOさんも快諾。
「テクニカルダイビングをすごいなぁと思っていたこともあり、いっしょに同じ深度に潜れるのは面白そう!と思いました。深海に挑戦する気持ちやバックボーンを聞いて、フリーダイビングと似ている面も感じました」
水深50mは、未知なる領域の入り口とも位置付けられる水深です。レジャーダイバーが行くことが許される深度ではありません。テクニカルダイバーたちは、水深に応じて呼吸ガスをコントロールし、減圧症を予防するために水深と時間を管理します。安全のためのトレーニングを積み重ね一般的なダイビングの限界を超えていきます。
「日本人の女性ダイバーとして”未知なる領域への挑戦”をテーマにしたかったので、一般的なダイビングの限界を超えた深度である50mを合流地点にしました」と雅子さん。
フリーダイバーであるHANAKOさんにとっても、水深50mは大きな意味を持ちます。
「水深50mでは水圧が6気圧になります。身体が受ける影響はとても大きく、胸部の柔軟性や耳抜きのテクニックなど、さらに進化が必要になってくる、練習を積んだフリーダイバーにとってもひとつの壁になる深度です。私が初めて出場した国際大会で、ドキドキしながら申告した深度も50mでした」
チャンスはわずかに十数秒
チャレンジの当日。水温20度、潮の流れはなし。
鈴木姉妹は、ボトム用、減圧用として異なる3種類のガスを装備。それぞれが合計4本のシリンダーを携行します。水深50mの潜水予定時間は数十分。
一方のHANAKOさんの水深50m滞在時間は十数秒です。鈴木姉妹がゆっくり潜降、水深50m地点でその瞬間を待ち構えました。
そして、meet!
智子さんは「ボトムでHANAKOを待つのは不思議な感覚でした。水深50mには何度も行っているのに、誰かを待つという経験は1度もなかったからです。同行カメラマンが、「来るぞ!」と合図をくれたときの鳥肌が立つようなドキドキ感、HANAKOと水深50mで再会した喜び。あの感覚は忘れません」
HANAKOさんはダイブ前、慣れないシチュエーションにとても緊張していたと言います。フリーダイバー同士のトレーニング潜水や、記録に挑む競技ダイブとは現場の雰囲気がまったく異なっていたからです。そんな中、呼吸を整えて水深50mへ。
「競技では水面に帰った時にみんなに会えるわけですが、ボトムで待っていてくれた人たちを見た瞬間に、すごくうれしくて、すでにゴールした気分になってしまいました」 3人は水深50mで握手! 喜びを共有しました。
2人を水中に残し、ひとりで浮上するHANAKOさんは「水面で待ってるよ〜!」と気持ちを集中し直したそうです。
HANAKOさんはわずか数十秒で、陸の世界へ帰還。その後、鈴木姉妹は減圧停止を行いながら、数十分かけて水面を目指します。水面近くでは、HANAKOさんをはじめ、同行していたフリーダイバーたちが次々に2人の元へ。
フリーダイバーとテクニカルダイバーが、それぞれのスタイルで同じ水中を楽しむ、最高の時間となりました。 一見正反対のように思われるフリーダイビングとテクニカルダイビングですが、「水中世界を楽しむこと」は共通でした。その気持ちを共有できて素直に楽しかったし、ボトムで出会ったときは涙が出そうになるくらい嬉しかったそうです。
ミッションを終えて
●HANAKOさん(フリーダイバー)
「2人が無事に上がってきて、また水面で再会出来た時はすごくほっとしました。いつもは一人ぼっちで感じていた水深50mの世界を、また全く違う新鮮な場所に感じて、同じ海の深みを目指すダイバーたちとその喜びの瞬間を共有できたなんて、本当に贅沢な挑戦だったと思います」
●鈴木雅子さん(テクニカルダイバー)
「海をフィールドにしたエクストリームな種目がコラボすることで、理解が深まり、新しい世界への挑戦や探究する面白さを伝えたいと考えていました。どんなときも楽しみを見つけて挑戦することで、新しい気づきや感動の世界に出会い、そこから開ける未来があります!」
●鈴木智子さん(テクニカルダイバー)
「フリーダイビングとテクニカルダイビングは、陸上でも水中でも対照的ですが、共通することは多いと感じました。正しい知識を学び、トレーニングを継続した先にある、本当に楽しい世界です。私たち3人の挑戦を知って、女性の方にも興味を持っていただけたらうれしいです」
【プロフィール】
●HANAKO
幼少期から御蔵島のイルカと泳ぎフリーダイビングの素養を身につける。2010年沖縄で開催された世界選手権大会での総合優勝を皮切りに、フリーダイバー日本代表選手として国内外の大会で数々の日本記録を樹立。世界選手権では、女子フリーダイバーチーム「人魚ジャパン」のメンバーとして3度の金メダリストに輝く。2017年の国際大会にて、水深103mへの深度潜水の世界記録を樹立。100mを越える記録は史上2人目、アジア女子では史上初の快挙となった。翌年には106mへの潜水を成功させ、再び当時の世界記録を樹立した。現在は競技活動のかたわら、フリーダイビングインストラクターとしても全国各地でフリーダイビングスクールやレッスンを行いながら、後進の選手育成にも努めている。オフィシャルFacebookページ
●鈴木雅子 ●鈴木智子
テクニカルダイビング分野を中心に活動するダイビングショップ〈スティングレイ・ジャパン〉所属。元・カナヅチ姉妹。水中世界に魅了され、40m以深の深場や沈没船、洞窟等の頭上閉鎖環境ダイビングを楽しんでいる。 ミヤコ35歳、トモコ32歳の現在、日本では唯一の姉妹テクニカルダイビングインストラクターとして、テクニカルダイビング分野を普及する活動を行っている。
スティングレイ・ジャパン
●HANAKO×Suzuki Sistersコラボ企画 協力:トゥルーノース