アマモの草原
石川県・能登島の海は、夏29℃、冬は5℃と寒暖の差があるため、海の四季をはっきりと感じることができます。その季節ごとの変化を如実に表してくれるのが海の植物である海藻や海草です。
そして、海と人が共に暮らす「里海」という理想郷が存在する能登島の海中には、海藻の森が広がっています。海藻で見る四季の移り変わり、変化する海中環境、それに合わせて繰り返される生態行動など、ひとつひとつの海藻にまつわるストーリーを、能登島の海藻に魅せられたガイド・須原水紀さんが美しい写真とともに紹介します。
田園を覆っていた雪が溶け、時折暖かな日差しを感じる頃、道の脇に腰をかがめるとフキノトウが顔を出す。能登の厳冬が過ぎ去り、朗らかな春が近づいていることに気づく瞬間。海の中において春の訪れを気づかせるもの、アマモだ。3月に水温が上がり始めると、内側から新しい葉が伸び始め、栄養を蓄えた株が花を咲かせる準備を始める。するとアマモ場は一層艶やかなアマモの葉で敷き詰められ、水底を大草原にしてしまう。アマモの見ごろは3月から5月。海で重要な役割を果たすアマモについて、ゆっくりご案内したいと思う。
アマモの光合成
ログ付をしていると「カイソウ」を漢字で書く際に「海藻」、「海草」と書く両者に分かれる。このふたつは全く別物だとご存じだろうか。
「海藻」とは藻類のひとつで、根・茎・葉などの区別がないのが特徴。仮根で岩などにしがみつき、栄養の吸収は全体で行っている。
一方「海草」は陸上の植物と同じで根・茎・葉などの区別があり、水底の砂に根を張り花を咲かせて実をつける。葉の表面全体は海中のリンやチッソを吸収し、光合成で酸素を供給。こうして水質や底質を浄化することでして、海の環境を支えている。さらに、リボンのような長い葉の密集が、生き物が住みかとするには都合がよく、産卵場所の提供や、身を隠し、餌をとる場所として生き物がたくさん集まる。そのことから、「海のゆりかご」と呼ばれている。
アマモの花
さて、このアマモの見ごろは春。ちょうど今頃、葉が伸び始めている。桜と同じ3月下旬に花が咲き始め、茎から伸びた花穂から5mm程の小さな白い花びらが縦に並んで咲く。開花と同時に花粉を水中に放出し、まるで煙のように水中を漂い他の花に受粉する。
アマモの花粉
アマモから発生する酸素の量には驚かされる。まるでバブルシャワーのように海底の緑からブクブクと泡粒が湧き上がり、気づくとレンズポートは泡で真白になるほどだ。我が身を少しでも動かすと、葉に付着していた泡がブワーっと離れて立ち昇り、光の粒が海中に飛ぶ。花びらは陽光に透かされ瑞々しく、それが抱えた酸素の泡がみるみる大きくなる様子。また、広大にある葉が波で前後に揺れるとき、日差しの葉の照り返しがこちら側からずっと奥まで、津波のように走る周期が繰り返される。まばゆい光の乱反射で目がくらみそうになりながら、しかしこの世と思しき散りばめられた光の美しさに、ただ居るだけで生きている感覚が響かされる。ここに生き物が集まり寄る心理は、決して餌や安全だけではない気がしてならない。
須原 水紀(すはら・みずき)さん
生まれ故郷である能登のダイビングサービス<能登島ダイビングリゾート>でガイドとして勤務。海藻への愛と情熱はピカイチ。また、マクロ生物も大好きで、海藻に付くマクロ生物を探し出す眼は「顕微鏡の眼力」といわれるほど。