「リーフに一番近い海」を探して(沖永良部島)

那覇港から船に揺られ、7時間。この夏、瑠璃色の海に浮かぶ沖永良部島(鹿児島県)を訪ねた。奄美群島に位置しながら琉球文化の流れをくみ、素朴な島人が守る周囲約60㎞の小さな島。周囲に広がるリーフはどこも海岸やビーチから近く、サンゴが豊富で、そこにはウミガメや魚たちの楽園が広がっていた。

サンゴの丘に魚たちがたわむれる。

イソギンチャクにはクマノミも。

沖縄に近い小さな島

「この島、なんて読むの?」、「沖縄に行ってきたの?」。沖永良部島から帰ってきて同僚にお土産を渡した時の反応はこんな感じだった。沖永良部島、「おきのえらぶじま」と聞いて「あ、あそこね。沖縄本島から奄美大島に向かって2番目の島ね」なんて返してくれる人はなかなかいない。
沖永良部島は、鹿児島市から南へ約550㎞、北緯27度に浮かぶ面積約90㎢でラッキョウを時計の針の2時位の方向に傾けたような形をしている。人口は約1万3000人。隆起サンゴの島でハブがいないのも特徴だ。歴史を振り返ると、江戸時代初期の1609年に薩摩藩が直轄地とする前は琉球王国が支配。島の人によると「ここは琉球文化の北限」。今も琉球文化の色彩を残し、音階は琉球音楽と同じ。宴の席では三線を奏で、琉球舞踏を舞う。NHKの大河ドラマ「西郷どん」でも描かれているが、1862年に西郷隆盛が流された地でもある。

牢獄の中で痩せこけた西郷隆盛の像。島内にある西郷隆盛の記念館前で。

「リーフに近い海」に憧れて

空から撮影された航空写真で初めて見たときから、スキンダイバーの私の心はこの島にくぎ付けになった。これほどまで海岸のすぐ近くにリーフエッジ(サンゴ礁と外洋の境目)がある島を見るのが初めてだったからだ。
スキンダイビングは、スクーバダイビングと異なり、空気タンクを背負わず、マスク、シュノーケル、フィンの3点セットで海を潜る。身一つで自由に海を潜ったり、漂ったりできるのがスクーバダイビングにはない大きな魅力だ(もちろん危険も伴う。後述)。
サンゴ礁内などの浅瀬もきれいだが、リーフエッジを越え、深く落ち込むアウトリーフを潜ると世界がさらに一変する。海の青が濃くなり、リーフエッジやそこから外洋に続く岩や根にサンゴが生き、色とりどりの魚がたわむれる。海面を漂い、海の底を見下ろすと透き通った海に吸い込まれそうになる。リーフが遠い海や遠浅の海は船を使ったり、エッジまで泳がなければならなず、一苦労。アウトリーフに簡単にアクセスできる島というのはそうあるものではなく、だからこそ私は沖永良部島に憧れを抱いてきた。
そしてついにその地を踏み、海岸を目の前にする。私は胸の高まりを押さえながらアウトリーフへ泳ぎだした。

どこもサンゴ礁と外洋の境目(リーフエッジ)が近い。干潮近くの時間なら歩いて外洋に出られるほど。

サンゴの丘を見上げて

透明度の高さはご覧の通り。魚がまるで空を泳いでいるよう。

ウメイロモドキの群れに囲まれる。

海面で一息を吸いこんで体を反転させ、気持ち良く潜っていたその時。サンゴの丘の向こうから両肢を羽ばたかせるように悠然とアオウミカメが現れた。びっしり張り出したサンゴ畑の上には花びらのように赤や青のカラフルな魚たちがヒラヒラと舞う。海底から見上げた魚の群れのシルエットはまるで空を飛んでいるよう…。そんな光景を毎日目にした。
島で潜ったのは7月下旬から8月上旬の7日間。台風12号の影響で雨が降った日や波が高い日もあったが、島の風下になる海岸を選べば毎日潜れた。気温は30度前後、水温は26~29度程。ラッシュガード1枚では寒いくらいだが、小さな島で飽きずに潜り続けられるほど、沖永良部の海には心躍らせる魅力と多くの生命を宿す神秘が潜んでいた。
島の東西南北、潜った10カ所以上のポイントどこも海岸からリーフまでは50mあるかないかくらいで想像以上のリーフの近さ。干潮時には歩いてリーフの外に出られる。リーフエッジ付近は水深20~30m程で底まで透けるほど澄み切っている。ウミガメとの遭遇率は100%。どこを潜っても静かに迎えてくれた。
テーブル状のサンゴ、キャベツの葉っぱを重ねたようなサンゴ、キノコのようなイソギンチャク。沖縄や奄美諸島で白化現象が進んでいると言われているが、沖永良部島はリーフが近く、海水温が上がりにくいためか、サンゴが元気。目測で岩の7~8割がミドリイシに覆われている場所も。初めて見る海の姿に思わずため息が漏れた。そこに生きるのは、チョウチョウウオ、クマノミ、ブダイ、スズメダイ、サメ…。探ししていた「リーフに一番近い海」がそこにはあった。

花びらのような色鮮やかなサンゴ。

海面を泳ぐスキンダイバーも絵になる。

素朴であったかい島の人たち

島の魅力は海だけにとどまらない。温かく素朴な島の人たちだ。流刑された西郷隆盛は沖永良部の地でで島民と交流を深めるうち「敬天愛人」、天を敬い(うやまい)人を愛する精神を完成したとされる。島のタクシードライバーの男性は「島にとって西郷さんは大切な存在。目上の人を尊敬し、誰をも愛する。だから島の人は欲張らない」と教えてくれた。
産業や耕作地が少なく、明治以降、島から関西や東京などに移住する人も多くいた。私が1年前に神戸で出会った豆腐屋のタナカさんも戦後に島から移住した一人。豆腐や豆乳、油揚げ。いつも懸命に働き、両親やきょうだいを支えてきた。自分を顧みず、誰にでも優しく、近所の子どもたちにも慕われていた。その姿は沖永良部の島人そのものなのだと感じた。
島の商店や飲食店に入ると、島の人たちに比べ、大して日に焼けていないからか「内地から?どこから来たの?」「今年の内地は暑いねえ」と声をかけてもらう。フェリーターミナル近くの赤い提灯がかかった居酒屋では、ちょっと強面の店主が三線で沖永良部の歌を披露してくれた。店にいた真っ黒に日焼けした客の男たちみんなが黒糖焼酎を片手に島唄を歌ってくれたのが旅の思い出の一コマになった。
沖永良部島の素晴らしさは、本当は教えずにこっそりしまっておきたい。でも知らないのでいるのはもったいない。そう思わずにはいられない宝物であふれている。ビーチはどこも独り占め状態の「プライベートビーチ」で、海を潜る人も潜らない人もゆっくり流れる時間を楽しめる。ぜひ一度、訪れてほしい。

サンゴの砂浜と青い海を独り占め!

アクセス

鹿児島から飛行機で1時間10分。フェリーで18時間。
那覇から飛行機で45分、フェリーで7時間。

スキンダイビング、アウトリーフで事故を起こさないために

リーフの外(アウトリーフ)は外海の波にさらされ、潮の流れが速くなっているところもある。その分、透明度が高く、きれいだが、急に深くなり、足がつかないことがほとんど。場所によっては、20m以上落ち込んでいることもある。危険生物もいてビーチやリーフ内よりも事故のリスクは大きくなる。
スクーバダイビングのライセンスを持っていなくても海を気軽に楽しめるのは、スキンダイビングにはない魅力。しかし、安全を軽視し、気軽に行くのは厳禁。泳力に自信がない、干潮満潮など流れの特徴や海の知識がないのであれば、個人で海に行くのは非常に危険。スキンダイビングのツアーをしているダイビングショップもあるので、ツアーへの参加がおすすめ。

Written by

Aika.F
素潜りや旅のこと、海と人の営みなどについてお伝えします。吸い込まれそうな青、小さな魚の目線で見上げる海面のきらめき、海の中で漂うだけで解放される心。そんな海の懐の深さが好きで、沖縄の離島や小笠原、紅海などで素潜り(スキンダイビング)をしてきました。ダイビングとフリーダイビングのライセンスも持っていますが、体一つで海を自由に潜る素潜りが一番のお気に入り。元新聞記者で、今は広告のライターをしています。

AUTHOR

Takeuchi

DIVER ONLINE 編集部

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