心臓にも脳にも悪い高血圧ダイビングではハイリスク
—そもそも高血圧とは?
山見 血管の内側から、血管にかかる圧力のことを血圧といいます。 血圧は、心臓(左心室)が収縮したときにもっとも高まります。これを収縮期血圧(最高血圧)といいます。逆に心臓(左心室)が広がるとき、血液は押し出されないため、もっとも低くなります。このときの血圧を拡張期血圧(最低血圧)といいます。収縮期血圧と拡張期血圧のどちらが高くても高血圧とされ、表1の基準で判定されます。
■表1 成人における血圧値の分類 (日本高血圧学会高血圧治療ガイドライン2014年)
分類 | 収縮期血圧 (mmHg) |
拡張期血圧 (mmHg) |
|
至適血圧 | <120 | かつ | <80 |
正常血圧 | 120〜129 | かつ/または | 80〜84 |
正常高値血圧 | 130〜139 | かつ/または | 85〜89 |
Ⅰ度高血圧 | 140〜159 | かつ/または | 90〜99 |
Ⅱ度高血圧 | 160〜179 | かつ/または | 100〜109 |
Ⅲ度高血圧 | ≧180 | かつ/または | ≧110 |
(孤立性)収縮期高血圧 | ≧140 | かつ | <90 |
*正常高値とは高血圧の一歩手前で、注意が必要なレベルという意味。(孤立性)収縮期高血圧とは、収縮期血圧だけが特に高いもので動脈硬化の進んだ高齢者に多く見られる。
—血圧が高い人と低い人がいるのはなぜですか?
山見 血圧は、心臓が送り出す血液の量(心拍出量)と、その血液が流れる血管の通りづらさ(末梢血管抵抗)で決まります。ホースで水をくむときのことを考えてください。勢いよく流せば水圧は高まりますし、ホースの先を狭めても水圧が高まるのと同じです。
—血圧が高いとなぜよくないのでしょう?
山見 血圧が高くなると、心臓は多くのエネルギーを必要とします。高い状態が長く続くと、心臓は過重労働に対応しなければいけないため、心筋を増やして大きくなります。これを心肥大といいます。
また、血圧が高いと血管(動脈)にも負担がかかります。血管は、高い血圧に対して壁を厚くすることで対応します。高い圧力が加わると血液の成分が動脈の内壁に入り込み、そこにコレステロールなども加わり動脈硬化が発生します。動脈硬化は全身のいたるところに生じますが、とくに脳や心臓の動脈に重大な障害をもたらします。
—高血圧がもたらす心臓の病気とは?
山見 代表的な心臓病には、虚血性心臓病(心筋梗塞と狭心症)があります。虚血性心臓病は、心臓を取り巻く冠動脈(冠状動脈)に動脈硬化が生じて血流が悪くなる病気です。血流低下がひどくなると心臓は酸素不足に陥り胸痛などの症状が現れます。
—高血圧は脳の病気ももたらすのですね?
山見 脳に動脈硬化が生じて発症する病気に、脳梗塞があります。また、脳の動脈は硬くなると血管壁がもろくなり出血することもあります。これを脳出血といいます。脳の血管に生じる脳梗塞や脳出血を総じて脳卒中といい、発症すると手足の麻痺や言語障害などが現れます。
—心臓や脳の病気がダイビングでとくに危険なのはなぜでしょう?
山見 虚血性心臓病や脳卒中は、ダイビング中に発生すると高い確率で溺死します。虚血性心臓病も脳卒中もなんの前ぶれもなく発症しますから、動脈硬化がひどく血圧が高い方は注意が必要です。高血圧(140/90㎜Hg以上)の方は、治療を受けて血圧を正常化してからダイビングを始めるべきです。
中高年男性の 約6割が高血圧!
—高血圧の人は多いのですか?
山見 我が国では、40〜74歳では、男性の約60%、女性では約40%の方が高血圧(140/90㎜Hg以上)に罹患しています。200人に約1人が高血圧性の病気で治療を受けていて(2005年)、高血圧にかかっている約20%(2006年)の方が降圧薬を服用しています。国民の血圧を平均2㎜Hg下げることができれば、循環器の病気による死亡は年間2万人減るといわれ、脳卒中による死亡も約1万人減ると見込まれています。
—降圧薬(血圧を下げる薬)を服用中のダイバーが注意することはありますか?
山見 高血圧症の人口増加に伴い、降圧薬を服用しながら潜っている中高年ダイバーが増えました。同時に、高血圧が原因で発症する脳卒中や、降圧薬の副作用によるダイビング中のトラブルも見られるようになりました。
—高血圧だと、どんなトラブルが考えられるのでしょう?
山見 ダイビングでは、運動、緊張、低水温により血圧が上がることがあるため、日頃、血圧が高めの方は注意しておく必要があります。 血圧が高いと虚血性心疾患(心筋梗塞や狭心症)や脳卒中(脳梗塞や脳出血)のリスクが高まりますし、重症の方はダイビング中に高血圧性脳出血(血圧が高いために脳の血管が破れて出血する病気)や高血圧脳症(血圧が高いために意識が混濁する病気)を起こすこともあります。
—治療中のダイバーはどうすればいいのでしょう?
山見 血圧の高い方は、ウエイトコントロールと塩分制限をして、血圧が低くなってから潜りましょう。もし、降圧薬を服用しながら潜るのであれば、副作用が現れないことを確かめてからにします。服薬しながらダイビングする場合は、降圧薬の種類によって注意すべきことが異なります。表2に薬品名を挙げたので、手持ちの薬を確かめられるとよいと思います(最近は後発品が多数あります。後発薬については成分が同じ薬をインターネットで検索してみてください)。
薬で血圧を下げてダイビングするなら
—降圧薬の副作用について、教えてください。
山見 主な降圧薬とその副作用について説明しておきましょう。降圧薬の種類には、カルシウム拮抗薬、アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬、アンギオテンシンⅡ受容体拮抗薬、利尿薬、β遮断薬、α遮断薬、レニン阻害薬があります。
—いろいろあるのですね。
山見 薬によって、副作用が少ずつ違います。中には、ダイビング中に現れると危険なこともあります。
カルシウム(Ca)拮抗薬の副作用には、頻脈、動悸、頭痛、むくみなどがあります。これらがダイビング中に現れると、運動能力低下と注意力低下を招きます。
アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬の服用では咳が出ることがあります。浮上中の咳き込みは肺気圧外傷のリスクを高めます。アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬による咳が見られるダイバーは、アンギオテンシン受容体拮抗薬に変更してもらうとよいでしょう。
利尿薬を服用しているダイバーは脱水に気をつけなければいけません。脱水は減圧障害の誘因になるからです。
β遮断薬は、心臓の収縮力を低下させるため、心拍出量1※が少なくなり徐脈になることがあります。徐脈がひどいと運動能力が低下しリスクが高まる可能性があります。
※1 心拍出量=心臓から出ていく血液の量
—ダイビング中の副作用を防ぐにはどうすればいいのでしょう?
山見 服用しながら潜る予定のダイバーは、ダイビングに行く数か月前から効果と副作用を確認しておく必要があります。まず日常生活で服用してみて、副作用が見られなければ、運動量の少ない(ほとんど泳がない)ダイビングから開始します。ダイビング中も副作用が見られなければ、水中での活動量を徐々に多くしていきます。
表2
降圧薬の種類
カルシウム拮抗薬
ノルバスク、アムロジン、ペルジピン、バイロテンシン、アダラート、セパミット、ニバジール、コニール、カルスロット、ヘルベッサー
アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬
カプトリル、レニベース、アデカット、インヒベース、ロンゲス、エースコール
アンギオテンシンⅡ受容体拮抗薬(ABR)
ニューロタン、ブロプレス、ディオバン、オルメテック
利尿薬
フルイトラン、ラシックス、アルダクトンA
アンギオテンシンⅡ受容体拮抗薬(ABR)とカルシウム拮抗薬の合剤
エックスフォージ、レザルタス、ユニシア、ミカムロ
アンギオテンシンⅡ受容体拮抗薬(ABR)と利尿薬の合剤
プレミネント
β遮断薬
テノーミン、メインテート、セレクトール、インデラル
α遮断薬
ラジレス
レニン阻害薬
レジレス
低血圧もダイビングでは危険?
—「低血圧」の症状とは?
山見 低血圧の診断基準は明確にされていませんが、一般には収縮期血圧(上の血圧)が100㎜Hg未満とされています2※。
※2 低血圧については、拡張期血圧(下の血圧)の血圧値は特に基準がない
—低血圧ではどのような病気が考えられますか?
山見 原因不明の本態性低血圧、他の病気が原因となって生じる症候性低血圧、立ち上がったり立っているときに起こる起立性低血圧3※があります。それぞれ治療法が異なるため、まずは病院を受診して診断をつける必要があります。
※3 動かずに立っているときまたは立ち上がった直後、下肢から心臓に戻る血液が少なくなってしまうと、結果的に心臓から屈出される血液が減少して起立性低血圧が生じる
—低血圧の場合にはどんな対策をとればいいのでしょう?
山見 本態性低血圧で見られる症状の多くは脳の血流低下が原因です。日常生活に支障があるときは昇圧薬(血圧を上げる薬)を服用します。 症候性低血圧に対しては原因となる病気を治療します。起立性低血圧は、水中で起こることはめったにありませんが、ダイビング前後に見られることがあります。起立時にふらつきやめまいがあると転倒や転落することがあるので高齢者では注意が必要です4※。 起立性低血圧はお酒の飲み過ぎや脱水があると発生しやすくなります。予防には、立ち上がる時の動作をゆっくりすること、水分や塩分を多く摂ること、弾性ストッキングの着用(下腹部を含めて圧迫)があります。ダイビングではウエットスーツが弾性ストッキングの代用になります。
※4 首の頸動脈にある頸動脈洞(けいどうみゃくどう)や大動脈弓(だいどうみゃくきゅう)には、血圧を感知する圧受容器(あつじゅようき)という場所がある。健常者では血圧が高くなると圧受容器が感知して自律神経を介して血圧を正常化する。しかし、動脈硬化が進んでいる人では圧受容器を介した反射が正常に機能せず血圧が下がり過ぎることがある。高齢者には多いので注意が必要
コラムニスト
山見 信夫(やまみ・のぶお)先生
医療法人信愛会山見医院副院長、医学博士。宮崎県日南市生まれ。杏林大学医学部卒業。宮崎医科大学附属病院小児科、東京医科歯科大学大学院健康教育学准教授(医学部附属病院高気圧治療部併任)等を経て現職。学生時代にダイビングを始めインストラクターの資格を持つ。レジャーダイバーの減圧症治療にも詳しい。
>>ドクター山見 公式webサイトはこちら
http://www.divingmedicine.jp/
*サイト内では、メールによる健康相談も受けている(一部有料)