耳抜きが苦手です
—耳が抜けないのは体質ですか?
山見 構造上、抜けにくい人はいますが、多くはやり方に問題があります。病気のために抜けない方は1%以下です。
ーそもそも「耳抜き」とは?
山見 耳の構造から説明しましょう。まず断面図(図1)を見てください。外耳道の突き当たりにあるのが鼓膜。鼓膜の内側には中耳腔があり空気がたまっています。中耳腔は耳管(図2)という管で鼻の奥とつながっています。耳管には口蓋帆張筋、いわゆる耳抜き筋と呼ばれる筋肉が付いていて、唾を飲んだりあくびをすると収縮して耳管が開きます。
耳抜きは耳管を介して空気を中耳腔に送り込む行為で、大きく2つに分けることができます。
1つは、唾を飲んだりあくびをして、口蓋帆張筋を収縮させる方法。中耳腔の気圧が周囲の気圧より低いとき、口蓋帆張筋が収縮すると鼻から空気が入ります。鼻の空気が勝手に中耳腔に入る現象なので「受動的耳抜き」ともいいます。
もう1つは、鼻をかむ要領で鼻腔内圧を上げ、強制的に空気を押し込む方法です。「能動的耳抜き」といわれ、バルサルバ法という名称がついています。
【図1】
◉鼓膜より外側が外耳で内側が中耳。内耳窓より内側は内耳。
◉乳突蜂巣は耳のすぐ後ろにある骨の中の空洞。蜂の巣のように複雑な形をしていて中耳腔(鼓室)とつながっている
◉耳管を通る空気は、中耳腔から鼻腔には流れやすいが、鼻腔か中耳腔へは移動しにくい。通りやすさには左右差があり日によって差が見られる
◉内耳窓には正円窓と卵円窓の2つがある。内耳側にはリンパ液が溜まっている
【図2】耳管の断面図
ーダイバーはバルサルバ法?
山見 少々耳管の通りが悪くても通気できるため汎用されます。
ーバルサルバ法でも抜けにくい人がいるようですが。
山見 バルサルバ法で耳抜きができた瞬間の圧力(耳管開放圧)、いわゆる耳抜き圧を検査器で測定すると、開きやすい人と開きにくい人では10倍以上の差が見られます。
ー初心者は何に気をつければいいですか?
山見 耳の病気をしたことがなければ、ほとんどの方はバルサルバ法で耳抜きができます。 まずは陸上で試してみましょう。鼻をつまんで少しずつ鼻腔圧を上げます。空気が耳に送り込まれるとポソッという音がします。この音が耳抜きができたサインです。片耳が抜けた後も、反対側も音がするまで圧をかけ続けます。抜けた後、耳に違和感が残ることがありますが数分以内にはよくなります。慣れれば2〜3秒で抜くことができます。
「正しい耳抜き」とは?
ー正しい耳抜きをしているか確かめる方法はありますか?
山見 片手で鼻をつまみ、反対の手のひらをみぞおちに置きます。耳抜きをしたとき、みぞおちの手に圧力を感じたら、腹圧や胸腔圧など、余計な力が加わっています。正しいバルサルバ法は、鼻腔圧を上げるだけで、おなかに力が入ったり、息んで顔が赤くなったりしません。
ー湯船で練習してもいいですか?
山見 バスタブにつかって、頭を完全に沈めると鼓膜がわずかに圧迫されるのを感じます。そこで、顎を動かしたり唾を飲んで耳が抜けるか試します。ポコッと音がして耳の圧迫感が解消すれば耳が抜けていると判断できます。
次に、バルサルバ法をやってみます。両耳とも圧迫感が取れれば成功です。
ーダイビング時に注意することは?
山見 慣れないうちは潜降ロープにつかまりながら耳抜きをしたほうがいいでしょう。頭が沈んで耳に圧力を感じたらすぐに耳抜きを開始します。潜降中はいろんなことに気を取られるため、水深30〜50㎝で圧迫感を感じることが多いと思います。
1回目の耳抜きは少なくとも水深1m以内にやりましょう。深く潜降してから始めると抜けづらくなります。また、潜降中、耳の抜けが悪くなったときは、少し浮上して耳の圧迫感を減らすと抜けやすくなります。
できる限りこまめに優しく抜くのが基本です。こまめに耳抜きをすると、空気が耳管を通る回数は増えますが、中耳腔と鼻腔との圧差が少ないぶん結果的には耳の負担が少なくなります。
ー何mごとにやればいいですか?
山見 耳の構造や抜け方には個人差があるため、一律にいえません。バルサルバ法の目安は、水面近くであれば、水深2mごとでは少なすぎ、50㎝ごとだと多すぎると思っていればいいでしょう。水深3mまで潜降する間に3〜4回耳抜きすると耳の負担が少なくてすみます。
もし、唾を飲んだり顎を動かして抜けるのであれば30〜40㎝ごとにするといいでしょう。何もせずに耳が抜けるダイバーは、30〜40㎝くらいの水深差があると中耳腔に空気が入ります。
耳を抜けやすくするには?
ー耳が抜けづらい人はどうすればいいですか?
山見 オトヴェントという器具を使って練習するといいと思います(写真1)。オトヴェントは、ゆっくり膨らますと鼻に一定(約60㎝水中圧)以上の圧がかからないよう作られているため、鼻腔にかかる気圧が制限されて、安全に耳抜きができます。
■写真1
オトベントを膨らませながら行う耳抜き。オトヴェントはインターネットでも購入できる
>>>http://www.meilleur.co.jp/otovent/diver
ー耳抜きは練習できるんですね。
山見 耳の抜け具合は日によって差があります。オトヴェントの直径がグレープフルーツ大(直径約8㎝)に膨らむ前に耳が抜けるときは比較的耳管の通りがいいときです。いいときに練習するとさらによくなります。ダイビングに行く2週間くらい前から練習しておくと効果的です。
抜けが悪い日は練習を控えます。抜けない日が続くようであれば専門医に相談しましょう。
ーバルサルバ法をやってはいけない人はいますか?
山見 耳管狭窄症の方、飛行機に乗るとよく耳が痛くなる方、鼓膜が破れたことがある方、慢性中耳炎がある方、日常耳に閉塞感がある方、耳の手術をしたことがある方は、専門医に相談しましょう。
ー前夜にお酒を飲むと耳の抜けが悪くなると聞きますが。
山見 飲み過ぎると粘膜が充血して耳管がむくむため、耳の抜けが悪くなります。風邪やアレルギー性鼻炎がある方は、特に抜けが悪くなります。
ー潜った翌朝、耳に閉塞感があるのは耳抜きのせいですか?
山見 ダイビング中、無理に鼻腔圧を上げて耳抜きをしたために耳管がむくみ、通りが悪くなっていると考えられます。風邪をひいているときに連日ダイビングをすると、特に発生率が増加します。
耳抜きをしても閉塞感が解消されないときはその日のダイビングは控えたほうが無難です。
ー耳のトラブルを起こしがちな人はいますか?
山見 勢いよく一瞬で抜いてしまうダイバーは注意が必要です。瞬間的に鼻腔圧をかけると中耳腔に急激な圧がかかり、内耳や耳管を傷めることがあります。できるだけ低い圧で抜くよう心がけましょう。
耳が抜けやすい水中姿勢がある!
ーヘッドファーストで潜ると耳が抜けにくいようですが。
山見 耳抜き圧を調べると、耳が抜けやすい順に、フィートファースト姿勢、仰向け、うつ伏せ、ヘッドファースト姿勢です。ヘッドファーストはフィートファーストの約1・5倍鼻腔圧を上げないと抜けません。
フィートファーストの姿勢で頭を傾けて比較すると、上になった耳のほうが約1・5倍抜けやすくなります。顎を上げた状態と顎を引いた状態では、上げたときのほうが1・1〜1・2倍抜けやすくなります。
もっとも耳が抜けやすいのは、フィートファースト姿勢で顎を少し上げ気味にして、抜きたい耳を上にした姿勢ということになります。
ー慣れると耳は抜けやすくなるというのはほんとうですか?
山見 ダイビング経験を積むと、鼻をつままなくても耳が抜けるようになると思っている方がいますが、そうではありません。たくさんダイビングをしているうちに、耳管の開け方を習得したダイバーは鼻をつままない耳抜きができるようになりますが、現実には、ダイビング本数が多いダイバーほど抜けは悪くなります。
体質的に耳が抜けづらくなる原因は、風邪やアレルギー性鼻炎のときなど、耳が抜けづらいときに何度もダイビングをしたという理由がもっとも多く、全体の半数以上を占めます。耳が抜けづらいときに無理なバルサルバを何度も行うと、耳管が狭くなり元に戻らなくなることがあるのです。抜けが悪い日はダイビングを控えましょう。
コラムニスト
山見 信夫(やまみ・のぶお)先生
医療法人信愛会山見医院副院長、医学博士。宮崎県日南市生まれ。杏林大学医学部卒業。宮崎医科大学附属病院小児科、東京医科歯科大学大学院健康教育学准教授(医学部附属病院高気圧治療部併任)等を経て現職。学生時代にダイビングを始めインストラクターの資格を持つ。レジャーダイバーの減圧症治療にも詳しい。
>>ドクター山見 公式webサイトはこちら
http://www.divingmedicine.jp/
*サイト内では、メールによる健康相談も受けている(一部有料)