鼓膜が破れた!
—鼓膜はどういうときに破けますか?
山見 耳抜きをせずに潜降すると破れます。ゆっくり潜降したときは水面から耳までの深さが3m以上にならないと破れませんが、潜降速度が速いと2m以下でも破れることがあります。
ー破れるとどうなるのでしょう?
山見 海水や細菌が中耳腔に入るため、中耳炎になります。水中で破れたときは、破れたほうの耳を上にしてはいけません。中耳腔に海水が入り炎症が悪化してしまいます。
ほとんどの中耳炎は1週間くらい抗生物質を飲めば治りますが、中耳炎が治った後も鼓膜に穴が開いたままになっていることがあります。服用後は完全に鼓膜が修復されているか耳鼻科で診てもらう必要があります。
ー鼓膜に穴が開いているのに潜っているベテランガイドを見かけたことがありますが。
山見 海水が鼓膜に達することがないよう、注意しながら潜っているため中耳炎を起こさないのです。一般ダイバーは真似しないようにしましょう。
内耳窓が破れた!
ー鼓膜ではなく、「内耳窓」が破れた、という話を聞きました。
山見 中耳腔と内耳の間にある膜を内耳窓といいます。内耳窓には、卵円窓(前庭窓)と正円窓(蝸牛窓)があり、卵円窓より正円窓のほうが破れやすい傾向があります。これらの膜が破れる病気を外リンパ漏または内耳窓損傷(破裂)といいます(図1)。
■図1 耳構造
ー外リンパ漏はどんなときに見られますか?
山見 多くは潜降中に発症します。とくに耳が抜けづらいとき、無理な耳抜きをした瞬間に発生します。
耳が抜けないときは中耳腔が陰圧(スクイズ)になっているため、内耳窓は中耳腔側に引っ張られています。その状態で、無理に耳抜きをすると頭の血圧が上がり、同時に内耳のリンパ液圧も上昇して外リンパ漏が発生します。
ー症状は?
山見 めまい、難聴、耳鳴りです。潜降中、突然めまいが見られたら特に疑わなければいけません。破れた瞬間、パチッと音がすることもあります。ダイビング後、水が流れるような耳鳴りが聞こえることもあります。
めまいがひどいと溺れることもありますが、症状が軽いとエグジット後に気づくこともあります。
ー診断法は?
山見 CTスキャンを撮ると、内耳に侵入した空気や中耳腔に漏れたリンパ液が写ることもあります。
軽ければ自然に塞がりますが、重症例では内耳窓を塞ぐ手術をします。
外リンパ漏は再発しやすいため、中耳腔を陰圧にしてはいけません。頭の血圧を上げると内耳のリンパ液圧も上昇するため、寝るときはできるだけ頭を高くします。いきまない、咳をしない、くしゃみをしない、運動しない、熱いお風呂に入らない、バルサルバ法の耳抜きをしない、ダイビングをしない、飛行に乗らない、高層ビルや高地に行かないことが大切です。
ー減圧症のめまいと間違われませんか?
山見 よく間違われます。特にダイビング後に症状が現れた外リンパ漏は、よく誤診されています。
外リンパ漏の患者さんは高気圧酸素治療を受けると悪化することがあるため注意が必要です。外リンパ漏を伴う減圧症の患者さんは、鼓膜に穴を開けてから高気圧酸素治療を受けなければいけません。
ダイビング中のめまい
ー外リンパ漏や減圧症でなくても、ダイビング中にめまいが起こることがありますよね?
山見 たとえば、中耳腔が陰圧になると、内耳が中耳腔に引っ張られてめまいが発生します。浮上したり耳抜きをして、中耳腔スクイズが解消されると治ります。逆に中耳腔が陽圧になると、内耳が中耳腔から圧迫されてめまいが発生することもあります。その場合は浮上を止めるか少し潜降して、中耳腔が圧平衡されれば治ります。
外耳道(耳の穴)に冷たい海水が入ると、内耳が刺激されめまいが発生することもあります。内耳のリンパ液に対流現象が見られるためです。上下感覚を失って溺れることがあるので注意しなければいけません。数10秒経って外耳道内の水が温まるとめまいが治まります。
ときどき、水中で上を向いたとき、ふわふわした感じがする状態をめまいと感じるダイバーもいます。
ーダイビング後のめまいにはどのようなものがありますか?
山見 生理的なめまいには、波の余韻があります。波に揺られた感覚が、陸に上がっても続いている状況です。あまり船に乗ったことがない方やダイビング経験が少ない方に起こりがちです。
ー病的なものは?
山見 先ほどお話した外リンパ漏以外にも、減圧症や動脈ガス塞栓などがあります。難聴や耳鳴りを伴うとき、翌日になってもよくならないときは病的なめまいの可能性が高くなります。
耳管狭窄症とは?
ー耳の病気で耳管狭窄症という病名をよく耳にしますが。
山見 耳管が狭く、空気の通りが悪くなる病気を耳管狭窄症といいます。耳管狭窄症が疑われる方は、ダイビング前に病院で耳抜き圧を測定し、耳管の状態を把握する必要があります。
ー耳管狭窄症だと、ダイビングはできませんか?
山見 耳管狭窄気味の方でも、日常生活でまったく症状がなければほとんどの方はダイビング可能です。
しかし、日常から耳の閉塞感などの症状がある方は、ダイビングは厳しいと判断されることが多くなります。耳管狭窄症の方が無理に耳抜きをすると、耳管の通気がさらに悪化する傾向があります。
中耳腔についてちゃんと知ろう
ーこれまでのお話を聞いていると、中耳腔は耳のトラブルの発生源と言ってもいいですね。
山見 スクイズやリバースブロックをはじめ、鼓膜や内耳窓の破裂、めまいなど、いろいろなトラブルと関係しています。
ー中耳腔にはどのような特徴があるのでしょう?
山見 図1を見てください。中耳腔は鼓膜のすぐ内側にあります。大きさは0・2㎖程度しかなく、内部は気体で満たされています。
中耳腔内には、つち骨、きぬた骨、あぶみ骨という3つの小さな骨があり、それぞれ連なっています。これらの骨は、鼓膜の音を内耳に伝える役割をしています。
中耳腔は、耳の後ろにある乳突蜂巣と呼ばれる空洞ともつながっていています。乳突蜂巣は4㎖程度で、中耳腔のおよそ20倍の容積があります。
潜降するとき、耳は抜けているのに、耳の後ろだけ痛いというダイバーがいますが、これは乳突蜂巣スクイズを起こしているからです。中耳腔に炎症があると、その奥の乳突蜂巣に空気が入らないことがあるのです。
ー中耳腔内の気体は空気ですよね?
山見 中耳腔内のガス組成は、実は普通の空気と違います。空気は、窒素78%、酸素21%、二酸化炭素0・03%ですが、中耳腔の気体は、窒素80%、酸素7%、二酸化炭素6%、水蒸気6・2%です。この組成は体の静脈に近いことから、中耳腔はガス交換していると考えられています。
ーガス組成が違っても圧力は鼓膜の外と同じなのですね?
山見 ビギナーにわかりやすく説明するため、よく鼓膜の外側と中耳腔は同じ圧力で釣り合っているといいますが、実は、中耳腔のほうが少し高く保たれています。
ーどうしてですか?
山見 高いほうが細菌などが入りにくいからと考えられています。
ーダイビングをしなくても中耳腔スクイズになることはありますか?
山見 潜った翌朝、耳に閉塞感を感じることはありませんか? 無理な耳抜きを何度もすると、翌朝、閉塞感が現れることがあります。これは、耳管の通りが悪くなり、寝ている間に中耳腔が陰圧になるからです。就寝中、唾を飲んでも中耳腔に空気が入らないと、中耳腔の気体が体に吸収されるので圧力が低くなるのです。
ーどんなときに起こりやすいのですか?
山見 風邪をひいているとき、無理な耳抜きを何度もすると発生しやすくなります。耳抜きをしてスッキリすればその日のダイビングはしてもかまいませんが、潜降中の耳抜きはこまめに、優しくしなければいけません。もし、無理な耳抜きをしてしまうと、耳管を傷めさらに通気が悪化するので気をつけましょう。耳抜きをしても閉塞感が続くとか、なかなか耳抜きができないときは、その日のダイビングは控えましょう。
コラムニスト
山見 信夫(やまみ・のぶお)先生
医療法人信愛会山見医院副院長、医学博士。宮崎県日南市生まれ。杏林大学医学部卒業。宮崎医科大学附属病院小児科、東京医科歯科大学大学院健康教育学准教授(医学部附属病院高気圧治療部併任)等を経て現職。学生時代にダイビングを始めインストラクターの資格を持つ。レジャーダイバーの減圧症治療にも詳しい。
>>ドクター山見 公式webサイトはこちら
http://www.divingmedicine.jp/
*サイト内では、メールによる健康相談も受けている(一部有料)