寒いとエアの減りが速い!
—「冷え」は、ダイビングにどのような影響があるのでしょうか?
山見 冷えは窒素の吸収と排出に影響します。冷えると末梢血管が収縮し組織の血流量が減少します。ダイビング中に血流が減った組織は窒素の分配が少なくなり、排出も緩やかになります。そのため、深い深度で身体が冷えると、組織に蓄積される窒素が減り減圧症のリスクが下がります。一方、浮上時、とくに安全停止中に身体が冷えると排出が遅れリスクが高くなります。
ーエグジット後の冷えも影響しますか?
山見 同様の理由で、窒素を洗い出す能力が低下するため、減圧症のリスクが上がります。
ー冷えとエア消費の関係は?
山見 冷えは呼吸の深さと回数に影響します。ダイビング中に身体が冷えると呼吸は浅くなり回数が増えるため効率的な呼吸ができなくなり、エア消費は速くなります。
ー寒いとエアの減りが速いのはそのためですね。
山見 低〜中程度の運動量で泳いだ場合、水温18℃では水温33℃のおよそ2倍の酸素を消費します(図1)。一方、精一杯泳ぐときは、水温18℃では水温26℃より毎分約500㎖酸素を多く消費します。
ー冷えは血圧にも影響しますね?
山見 冷えると心臓の収縮力が高まり拍出量が増え、末梢血管は収縮しますから血圧は上がります。
脈拍数は、通常、減少しますが、冷えが進行して体温が35℃くらいになると激しいふるえを伴うため増加します。体温が下がると心臓が機能しなくなり、血圧が低下し脈拍は再び減少します(図1)。
■図1 水温と酸素摂取量(酸素消費量)との関係
冷え性と冷えは違う!
ーとくに気をつけたほうがいいのは?
山見 高齢者、高血圧、寒冷によって誘発される不整脈がある方、心筋梗塞や狭心症などの心臓病の既往がある方は気をつけなければいけません。
ー女性のほうが冷えやすいのでしょうか?
山見 体脂肪率は、男性が平均15%、女性は28%です。そのため、身体全体の断熱度は女性のほうが約1・2倍高いといわれています。
ーそうなんですか!
山見 しかし、手足の末梢は皮下脂肪の厚さに差がなく、女性のほうが細くて血流量が少ない傾向があります。発熱源となる筋肉量も少ないため、一般には、女性のほうが体温は下がりやすい傾向にあります。冷えによる体調不良も痩せた女性に多く見られます。
ーなるほど。女性に多い病気も冷え性と関係があるらしいですね。
山見 甲状腺の病気は女性に多く発症します。甲状腺で作られるホルモンが少ないと体温が低くなります。
ー高齢者の冷えの特徴は?
山見 じつは高齢者は若い人より体温が下がりやすい傾向があります。温度差を感じにくく、ふるえも遅れて発現するため、体調不良に陥りやすい傾向もあります。
ー冷えと足のつりとは関係ありますか?
山見 筋肉の血流が減るとつりやすくなります。つりやすいダイバーは、ドライスーツを着るなどして保温対策をしましょう。ダイビング前の準備運動も有用です。
ー冷え性だとダイビング時にも冷えやすいのでしょうか?
山見 冷え性、冷え、低体温は区別したほうがいいと思います。冷え性も冷えも医学用語ではありません。冷え性は冷えやすい体質の人、冷えは寒く感じている状態または身体が冷えている状態を表します。そのため、冷え性や冷えを訴える方を検査しても、実際は体温が下がっていないことがあります。
一方、低体温は実際に身体の体温が下がっている状態です。体温が急激に下がると身体の機能は低下し、危険な状態になることもあります(図2)。
■図2 低体温で見られる症状
ー足の先が冷える方の中には、動脈硬化や血管の病気という人もいるみたいですね。
山見 たとえば、下肢の末梢血流が少なくなる病気に閉塞性動脈硬化症があります。動脈硬化や血管の病気は窒素の吸収や排出に異常を来すことがあります。動脈硬化が進行した方は、身体各所で血流障害が見られる可能性が高いので、減圧症のリスクが高いと考えておいたほうがよいでしょう。
ダイビング後のお風呂
ー身体が冷えたときはできるだけ早く温めたほうがいいですか?
山見 ダイビング後、急に身体を温めると窒素が気泡化し、減圧症が発症することがあります。
ー熱いお風呂に飛び込むのはよくないのでしょうか?
山見 よく話題になることなので、実際に行われた研究をひとつ紹介しておきましょう。
2つのグループを水深約9mに相当する圧力に12時間滞在させ、その後、安全停止をしないで大気圧に復帰させます。大気圧復帰後、1つのグループは気温10℃に3時間、もう1つのグループは気温40℃に3時間滞在します。
どちらのグループも身体内部の体温は下がりませんが、気温10℃のグループは末梢の血流が少なくなり皮膚温が低下します。またどちらのグループも静脈内気泡は多数観察されますが、10℃のグループでは、熱いシャワーを浴びた後、1名の減圧症が発症したと報告しています。
ーいきなり熱いお風呂はよくないのですね。
山見 ダイビング直後に、冷えた身体でシャワーを浴びるときは、ぬるめにしたほうがいいでしょう。または、時間を空けてからにしましょう。
フードは有効?
ー「冷え対策」は冬場のダイビングではとても重要ですね。
山見 保温スーツを着用せずに運動能力を保ちながら快適に泳げる水温は26〜30℃といわれています。保温スーツを着用すればかなり低い水温でも快適に潜ることができます。
ー体温喪失を効率的に防ぐには?
山見 冷水中の体温は半分近くが頭から奪われるといわれています。そのため、フードをつけると体温喪失を効率的に防ぐことができます。
ー急に冷たい水につかると心臓に負担がかかることもありますか?
山見 顔や首が冷えると迷走神経反射(ダイビング・リフレックスという)が起こることがあります。迷走神経反射が生じると心臓が抑制されるため、脈拍が少なくなり不整脈や失神、めまいを起こすことがあります。
ー怖いですね。
山見 迷走神経反射による症状が誘発される方はフードを着用しましょう。ただし、ドライスーツやフードを使うときは首周りには注意を払いましょう。頸動脈が圧迫されると血圧が下がり、めまいや失神が見られることがあります。
ーどうすればいいのでしょうか?
山見 保温効果は落ちますが、首回りにファスナーを付けると気分が悪くなったときにすぐ緩めることができます。
ードライスーツと減圧症の関係は?
山見 首回りの締め付けは、めまいを伴う減圧症の誘因になることがあります。頭に行く血液や戻ってくる血液の流れに影響を与えるためと考えられます。また、浮上中、ドライスーツの排気を怠り、急浮上して減圧症を発症することもあります。
ー保温し過ぎるのもよくないのですよね?
山見 ダイビング中、高温になると窒素が身体の隅々まで行き渡ります。また、大量の汗をかくと脱水になることもあります。過剰な窒素の蓄積と脱水は減圧症のリスクを上昇させます。
ドライスーツでカイロを使っても大丈夫?
使い捨てカイロは酸素と反応して熱を発生します。ダイビング中、ドライスーツ内の空気は高分圧になるため、理論的には高い熱を発生させる可能性があります。しかし実際に使ってみるとあまり高温になりません。換気が少ないため酸素がカイロに行き渡らないからと考えられます。メーカーに問い合わせると、注意書きに書いてある温度(70℃)以上には上がらないと回答されますが、ダイビング中はカイロを移動させにくいので、念のため低温やけどには注意して使用しましょう。
ダイビング後の手足のしびれ
ー手足がしびれると減圧症ではないかと心配になることがありますね。
山見 手足のかじかみやしびれが身体が温まったあとも続くようであれば減圧症を疑う必要があります。そんなとき、ルレットと保冷剤を使い減圧症をセルフチェックする方法もあります。
❶ルレット(写真1)を使うときは、手と足を左右交互にコロコロ転がします。
❷痛みに左右差が見られれば異常と見なします。
❸保冷剤(写真2)は、左右5秒ぐらいずつ交互に当てます。
❹左右どちらかがじわ〜と冷たく感じるようであれば異常と見なします。
❺異常が疑われたときは速やかに医師の診察を受けましょう。
食品を冷やす保冷剤を使う
裁縫で使用するルレットを使う
コラムニスト
山見 信夫(やまみ・のぶお)先生
医療法人信愛会山見医院副院長、医学博士。宮崎県日南市生まれ。杏林大学医学部卒業。宮崎医科大学附属病院小児科、東京医科歯科大学大学院健康教育学准教授(医学部附属病院高気圧治療部併任)等を経て現職。学生時代にダイビングを始めインストラクターの資格を持つ。レジャーダイバーの減圧症治療にも詳しい。
>>ドクター山見 公式webサイトはこちら
http://www.divingmedicine.jp/
*サイト内では、メールによる健康相談も受けている(一部有料)