一瞬のうちに取り残された視界不良の激流で動けない! 安全なダイビングのために Vol.7

月刊ダイバーの長期好評連載「危機からの脱出」では、読者の方から寄せられたさまざまなトラブル脱出体験談をPADIコースディレクターが分析・評価し、ご紹介しています。 <ダイバーオンライン>では、読み損ねた方や振り返って知りたい方のために、バックナンバーを連載でご紹介。 実際にあったトラブルから学べることはたくさんあります。自分ならどうするか、考えながら読んでみてくださいね。 第7回目は、ブランクダイバーがドリフトダイビングで、海中に一人で取り残されてしまったケースです。

一瞬のうちに取り残された視界不良の激流で動けない!

ダイビング歴5年のFさん(50本/男性)

3年のブランク後に初めて潜りに行った伊豆。視界の悪い外海の隠れ根ポイントでドリフトダイビングをした際、不注意から海中に1人取り残された体験をご紹介します。

以下はダイバー本人の体験談です。
僕は5年前、ハワイでCカードを取得し、その後2年ほど通い続け、MSD(マスター・スクーバ・ダイバー)までステップアップしました。その間メキシコにも潜りに行き、経験本数は50本。しかし、その後は仕事が多忙になり、長期旅行に出かける機会もなく、3年もの間ダイビングから遠ざかっていました。
そんな時、お互いリゾート育ちで同じMSDという、似た経歴のダイバーNさんと知り合いました。何年ぶりかに海への熱い想いが蘇ってきた僕は、Nさんといっしょに初めての伊豆に潜りに行ってみることにしました。
地形派だった僕たちは、西伊豆の外海ポイントへ行ってみることにしました。時は9月の下旬。その日は流れが強く、ドリフトダイビングになるとのこと。しかし、透明度は5m! 伊豆での経験がない僕たちには、透明度5mの世界がどんなものか想像することもできず、ただ漠然とした不安を感じるしかありません。Nさんは1年、僕は3年というブランクで、ビギナー並みの手際の悪さで器材のセッティングをし、ボートに乗り込みました。

想像以上の激流と視界不良の海で、人影だけを追いかける

その日のゲストは、僕とNさんを含めて6人。ポイントへ到着すると、やはり流れが激しいようで「潜降はロープから手を放さないように」との指示を受けます。その声にますます不安が増します。水中は「これが噂のみそ汁か!」と思うほどの濁り具合。前を進むダイバーはNさん1人しか見えません。あまりの流れの強さで鯉のぼり状態になりながら、ロープ伝いに潜降していきました。
必死で潜降してブイ下になんとか到着しますが、すでに息切れぎみ。全員いることを確認したガイドは、流れを避けるように根沿いに水深を下げていきました。視界は茶色で、僕がこれまで潜った海とは別世界。本当はガイドの近くにいたかったのですが、MSDのプライドからいちばん後ろを泳ぎます。見えるのは前を泳ぐNさんともう1人のみ。
水深20mまで進むと流れも緩やかになり、ガイドが生物を紹介してくれます。しかし、想像を超える視界の悪さと激流の恐怖から、僕は豪快な根の地形や生物を楽しむ余裕もなく、ただ人影を見失わないよう見張るので精一杯。そうして今度は少しずつ水深を上げていくと、流れがまた激しさを増してきました。ガイドが岩壁につかまるようにと全員に合図を出し、皆が近くの岩をつかんで留まります。するとガイドが1人1人に「ここからドリフトしていくので、合図でいっせいに岩から手を放して」と書かれたスレートを見せて回り、僕がOKと伝えるとガイドは前方へ戻りました。

一瞬目を離したすきに周りに誰もいなくなった

そうして合図を待っていたのですが、そんな大事なときに、僕は一瞬空を見上げ、水面に向かって切り立つ根の様子を少しだけ堪能し、「確かにダイナミックだな。透明度がよければな……」そんなことを考えながら視線をNさんに戻した、その時です。さっきまでそこにいたNさんの姿が見当たりません。「もしかして、あの一瞬の間に行ってしまった?」状況が把握できないまま、ただ周りには誰もいないということだけは感じます。「こんな最悪の状況に1人、取り残されてしまった!」全身から一気に血の気が引いていきました。
手を放せば確実に激流にのまれ、流されてしまいそう。ガイドの合図があったのかどうかもわからないまま、どうしたらいいのか思考回路も働きません。呼吸が荒く、心臓の鼓動が乱れるのを感じながら、必死で対処法を考えようとします。しかし、考えれば考えるほど混乱し、その場から動くことができません。しまいには「このままエア切れになったら……」そんな思いが脳裏をよぎり、残圧を見るとすでに50を切っていました。

激流にのまれる恐怖で岩から手を放せず

昔からエア消費が激しかった僕がこんな激流&視界不良の海に取り残され、死へのカウントダウンが始まっているかのように思えてきました。しかし、恥ずかしながら、1人で浮上する勇気もなかったのです。なぜなら、激流にのまれそうな状況で手を放すことなんてできないと思い込み、「手を放すことができない=浮上も不可能」と決めつけていたのです。そこまで妄想が歪んでしまうほど、極限まで追い込まれていました。
そんな状況でどのくらいの時間が経ったのか、ふと前方に黒い影のようなものがこちらに向かってくるようです。ガイドでした! こんな激しい流れの中を必死に逆らって、僕を探しに戻ってくれたのです。僕はマスク越しに涙を流しながらガイドの腕にしがみつき「いっしょに行こう」というガイドの合図を受け、無事にみんなが待つ地点までたどり着きました。僕の残圧が20を切ったため、その場ですぐに浮上し、ボートへと無事にエグジットすることができました。あんな激流に逆らってまで探しに来てくれたガイドは、まさに僕の命の恩人です。

PADIコースディレクターからのコメント

コンディションの悪い水中ではぐれたら、1分間を待たずに浮上を考える

3年ものブランクがある状態で、いきなり外海で潜るのは無謀です。まして初めての伊豆です。プライドは捨て、ガイドの側にいてください。ガイドからの合図を待つべきタイミングで、他のことに気を取られてしまうのも問題です。
水中ではぐれた場合ですが、まずは落ち着いて。講習では「1分間探してから浮上」と習いますが、透明度が悪いなら水中で待ったり探したりせず、即浮上を考えましょう。
単独で浮上するとき、水面にいるボートや他の船舶からわかりやすいようにシグナルフロートを使います。できれば、フロートを先に浮上させ、自分の存在を知らせます。水面に出た後は、ミラーやホイッスルで自分が水面にいることを知らせましょう。また、透明度の悪い海では、できる限り強力なライトを持って行きます。どこにいるか探してもらいやすくなるからです。ドリフトダイビングになる場合は、万が一に備え、シグナルフロートやミラー、ホイッスルなど各自でかならず携行してください。

トラブル脱出体験談募集中! >>edit@diver-web.jp

内容を簡単に記入のうえ、本誌「危機からの脱出係」まで。ハガキ、封書、FAXでも応募可。採用のかたはこちらから連絡いたします。

 

 

アドバイザー

我妻 亨(わがつま・とおる)さん

静岡県・浜松市のダイビングショップ<ダイブテリーズ>のオーナー。世界中のPADIプロフェッショナルの1%にも及ばないPADIコースディレクターの資格を有する。ダイビング歴35年、数々のダイバーのトレーニングや育成に携わっている。

>> ダイブテリーズ/DIVE TERRY’S
http://www.terrys.jp/

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Koga

DIVER ONLINE 編集部

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