「浜名湖に幻の戦車が沈んでいるらしい」。ある日、友人との会食中にふいにそんな話が出た。このシリーズでも紹介した沖縄戦で沈んだ米軍艦『エモンズ』の調査以来、戦争遺跡に興味を抱いていた私は、すぐに戦車探しのプロジェクトに参加を依頼した。
サイドスキャンソナーによる異常地点にあった不明物体
幻の戦車とは、旧日本軍が欧米の戦車に対抗するために開発した「四式中戦車:チト」と呼ばれる当時の新型戦車である。太平洋戦争末期に2両が完成したが戦うことなく終戦を迎え、1両はアメリカ軍によって接収され、残る1両は本土決戦に備えて浜松方面に配備されたまま行方不明となっていたのである。
音波によって物体を探知するソナー装置
2012年9月、「戦車を浜名湖に沈めた」という元陸軍技術中尉らの証言をもとに、地元有志による「幻の戦車調査プロジェクト」が開始された。場所は浜名湖とその奥の猪鼻湖に通じる「瀬戸」と呼ばれる水道である。延長約200m、最峡部幅約100m、最大深度18mの水道の東岸には小さな岬が突出しており、そこには猪鼻神社のほこらが祭られている。戦車はこの神社のたもとに沈められたらしい。
幻の戦車「チト」。現存する数少ない写真
一見簡単に思われた潜水調査も、実際には難航した。なにしろ透明度が悪い。手先がやっと見える程度である。水底には厚い浮泥が堆積しており、触れば巻き上がりまったく視界を奪ってしまう。さらに始末が悪いのが釣り糸である。吃水域のこの場所は魚釣りのメッカでもあり、釣り糸の付いたルアーがそこらじゅうにひっかかっている。見えない釣り糸が潜水具に絡まり、行動を妨げる。振りほどこうとするとルアーの針が身体に刺さる始末である。つられる魚の気持ちを思い知らされるような調査となった。気を取り直し、巻き尺を利用したスイムラインサーチ法でなんとか全域を探査したが、我々の調査では戦車を発見することはできなかった。
地元の方からの聞き取り調査をもとに作った想像図
その後、サイドスキャンソナーや磁気探査などの水中探査機器を投入して、徹底的に調査が行われたが、戦車は依然として発見されていない。ただ今回の調査には意義があった。興味本位ではなく、戦闘遺跡として戦車を発見した場合の保存方法や活用方針などが真剣に議論されたからである。しかし、戦車はどこへ行ったのか、四式中戦車の模型を眺めながらその行方を思案しているこの頃の私である。
考古学3つの原則
「遺物には触らない」「遺物を動かさない」「遺物を取り上げない」
考古学では何がどこにどのようにあるかを確認することがもっとも重要です。3つの原則を守り、遺物かな? と思うものがありましたら、DIVER編集部までお知らせください! >>hp@diver-web.jp
写真=山本 遊児さん
水中文化遺産カメラマン/アジア水中考古学研究所撮影調査技師/水中考古学研究所研究員/南西諸島水中考古学会会員/The International Research Institute for Archaeology and Ethnology 研究員
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文=吉崎 伸さん
1957年、岡山県生まれ。現在、京都市埋蔵文化財研究所調査課長。その傍らNPO法人 水中考古学研究所理事長として、坂本龍馬の「いろは丸」など水中遺跡の調査・研究に携わっている。