荒波の海面で1時間以上 まさか自分が漂流するとは
ダイビング歴18年のIさん(350本/男性)
激流に逆らうもまったく進めずにやむなく浮上。しかし水面は2mもある高波にもまれる中、1時間以上も漂流した体験をご紹介します。
以下はダイバー本人の体験談です。
これは10年前の9月、僕が彼女と沖縄に行った時の出来事です。
よく沖縄に通っていた僕は、この日もいつも利用する那覇のショップで、顔見知りのガイドと潜る予定でした。僕はこの時、アドバンスで130本前後だったのですが、この日は全員200本以上のベテラングループと、ケラマの上級ポイントへ行こうと誘われました。ゲストは僕らを含めて8名に、ガイド1名とアシスタント1名、合計10名という大人数で潜ることとなりました。
朝、那覇を出航する頃も波はあったのですが、まだ問題ない程度でした。しかしどんどん海況が悪化し、ケラマに到着する頃には波も1m近くになり、船もぐらぐらと大きく揺れるほど。しかし、海況を見つつもひとまず行ってみようと判断したガイドは、ブリーフィングを始めます。ポイントは島の北側に突き出た岩の周辺で、水中は切り立つドロップオフ。潮の流れも速いので、ドリフトダイビングで潜ります。海況が芳しくないので細かく注意を受けながら、コンパスで島の方角やルートを確認し、さっそくENしました。
しかし、潜降しながらガイドはなぜか1人違う方向に泳ぎ始めます。本来ならそのまま流れに乗ってドリフトする予定なのに、どうやら流れを読み違えたようで、「こっちに来て!」と手を振りながら、激流に向かって行きます。
アゲインストの激流で前に進めない! 中止&浮上することに
「え、これに逆らうの?」僕もゲストも不安を感じつつ、半端ない激流に逆らって必死に泳ぎますが、僕や彼女をはじめ、何人かは付いて行けずにどんどん引き離されます。僕は先割れフィンを履いていたためもあってか、激流に太刀打ちできません。それでも15分はふんばりました。その間、ガイドはかなり先まで進んでいたのですが、追いつけない僕たちの側に戻ってきてくれました。そこでダイビング中止の合図が出され、全員で安全停止をして浮上しました。
ダッシュし続けた疲労が残る中、水面に顔を出すと、そこは2mもの高波が荒れ狂う海面に豹変していて、容赦なく襲いかかる高波と揺れにもまれる僕たち。肝心の船はというと、予定していた浮上地点ですでに待機しているようで、ずいぶん遠くにいます。しかしその時はまだ「船長もすぐ見つけてくれるだろう」とたかをくくっていました。
複数のフロートもホイッスルもアラームも荒波にかき消される
全員が上級者だったため、ひとまずは持っていたフロートを次々と立ち上げ、7〜8本ものフロートの側でホイッスルやアラートを鳴らします。最初はみんな手でつかまり合っていたのですが、荒波の威力でぶつかり合って危険な状態に。そのうち手を放してばらばらに散らばり始めたので、お互いのBCをカレントフックでつなぎ合って対処しました。
そうしている間も風と高波に翻弄され、船だけでなく、見えていた島からもみるみる遠ざかっているようです。ベテランとはいえあまりの状況に、中には泣き始める人、波酔いから吐き出す人も出てきました。しばらくは励まし合っていましたが、荒れ狂う大海原でどうすることもできないまま、いつしか黙り込んでしまいました。
音を鳴らし続けても船長はいっこうに気づかず、どのくらい漂流したでしょうか。しびれを切らしたガイドが突然「もう俺が船まで泳いで行くしかない!」と言い出しました。その頃には船の姿もすでに点になりかけていて、ざっと1㎞以上はあったと思います。船に向かうにも激しい流れに逆らって泳がなければなりません。ゲストの表情には期待と不安が入り交じる中、ガイドは重器材を脱ぎ、アシスタントに指示を残して泳ぎ出しました。
ガイドだけ泳いで船へ。残されたゲストに絶望的な空気が漂う
ガイドが出発した後も、最初のうちはみんなで励まし合いましたが、5分もしないうちに全員が黙り込み、それぞれに恐怖や絶望感と対峙していました。僕の場合は恐怖というより、「まさか自分がこんな目に合うとは……」と、どこか現実を受け入れられないような心境に追い込まれていました。
そうして荒波の狭間に取り残されたまま、こちらに向かってくる船が見えたのは、それから約1時間後。みんな安堵の表情を浮かべつつも、疲労も限界を超えていたのでぐったりした状態です。僕は漂流中は酔わなかったのに、船縁のロープにつかまっている間に気分が悪くなり、最後は吐きながら、疲労困憊でEXしました。
全員無事にEXした後は、ガイドからの謝罪などはなかったのですが、ゲストの間ではガイドの流れの読み間違いを責める声も。しかし、ゲストたちは「せっかく来たから、もう1本潜ろう!」と言い始めました。僕と彼女は正直、もう潜らずに帰りたい気分でした。しかし2〜3時間ほど休憩して、僕たちもみんなに誘われるがまま、島陰の穏やかなポイントでもう1本潜り、その日のケラマトリップを終えたのでした。
PADIコースディレクターからのコメント
漂流したと思ったら浮力を確保して発見を待つ
ガイドの流れの読み間違えが大きな原因の1つです。荒れたコンディションでのダイビング。そして波の高いところへ浮上したことでストレスが重なり、体験者のかたがたは大変な目に遭ってしまいました。
水面が荒れているところへ浮上した場合は、目立つシグナルを使うしか方法はありません。体験者の皆さんはできる限りのサインを出していますが、それでも船長が気づかないなら、慌てず浮力を確保して水面で待ちます。夜間や濃霧等の視界不良時でも早期発見につながりやすい、レーダーに映るシグナルフロートも発売されているので、個人でもこうした備えがあると心強いでしょう。
荒れているポイントの場合、自分自身で行けるかどうかの判断をしてください。ガイドが行くと言っても、最終的な判断は自分です。「漂流した?」と思った場合、慌てて泳いだり騒いだりすることは禁物。シグナルを使用し、浮力を確保して待ちます。見つけてもらうまで疲れない。体力温存が大事です。
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アドバイザー
我妻 亨(わがつま・とおる)さん
静岡県・浜松市のダイビングショップ<ダイブテリーズ>のオーナー。世界中のPADIプロフェッショナルの1%にも及ばないPADIコースディレクターの資格を有する。ダイビング歴35年、数々のダイバーのトレーニングや育成に携わっている。
>> ダイブテリーズ/DIVE TERRY’S
http://www.terrys.jp/