穏やかだった海面が一変 激しいうねりと荒波に襲われる
ダイビング歴2年のTさん(110本/女性)
エントリーの時は穏やかだったビーチが、いつの間にか大荒れ。エグジットで荒波に翻弄されながらも、九死に一生を得た体験をご紹介します。
以下はダイバー本人の体験談です。
私は2年前に伊豆でOWのCカードを取得し、その後は同じショップのツアーを利用して、最低でも月に1度のペースで伊豆に通っています。季節感のある伊豆の中でも、春の訪れとともに現れるダンゴウオがとりわけ大好きです。今年も待ちに待ったダンゴシーズンがやって来た、との情報を聞きつけ、ダンゴウオがたくさん見られることでも人気の東伊豆のビーチへと足を運びました。
極小のダンゴウオを発見 来た道を戻ると、水中の様子が急変
その日は2日間ツアーの2日目。水中が込む前を狙おうと、朝は8時過ぎには海に到着しました。天候は雨でしたが、透明度は5〜8mとのこと。この時の様子では風向きが南西。近隣のビーチは荒れてしまいクローズのポイントもあったようですが、私たちが行った所は地理的に恵まれ、海面はベタ凪。ダンゴウオもまだまだ赤ちゃんらしく、あこがれの“天使の輪”が見られるかもしれない! と期待に胸を膨らませます。私たちはドライスーツを着て、雨に打たれながら、準備を進めました。
1本目のENは9時過ぎ。先陣の1グループに続いてスロープを進み、のんびりとエントリーします。視界は悪いですが水中も穏やかで、問題なく潜降します。ゴロタから砂地へと10分程度進んだあたりで、早速ガイドがダンゴウオを探し始めます。ベビーサイズなので、大きさは米粒以下。ガイドを含め、グループ5人全員で目を皿のようにして、辺りをくまなく探します。
10分以上は経ったでしょうか。やっとガイドが1匹のダンゴベビーを見つけてくれました。私たちは一気に駆け寄りますが、少しでも動こうものなら簡単に飛んで行ってしまいそうな大きさ。そして頭には“天使の輪”が乗っていました。1人ずつカメラにその姿を収めようとしますが、あまりの小ささに全員が苦戦。そして、いつまでも見ていたいその愛らしい顔に後ろ髪を引かれる思いで、その場を後にしました。
ところが、来た道を戻ろうと泳ぎ出すと、水中が来る時とは違う様子。穏やかだった海中がうねり始め、身体が左右に揺れます。砂地を進み、ゴロタまで戻ってくる頃にはうねりは強くなり、水中はさらに濁りを増していました。雨天のため、ただでさえ薄暗かった海中は透明度1mほどになっていたのです。
大時化のEX口 陸上スタッフが1人ずつ引き上げる
ゴロタは水深3〜4mという浅瀬で、タンクも軽くなっていたために浮きそうな身体をどうすることもできず、気づくと私は1人、浮上していました。水面はEN時の穏やかさがうそのように大時化! 数十分しか経っていないのに、同じ場所とは思えないくらいの変わりように驚くと同時に、荒波に引きずられて身体を制御できません。グループも見失い「どうしよう、1人だ!」と恐怖に震えますが、水面に顔を出すと、EX口のスロープが目視できました。私はそこに向かってひたすらに泳ぎ始めます。EX口には陸上スタッフが数人、波間に翻弄されているダイバーたちを1人ずつ引き上げるように助ける様子が目に入りました。「あんな大波に吹き飛ばされて、岩場に打ち付けられたらどうしよう……」私の心拍数は一気に上昇し、身体中に緊張が走ります。
まるで洗濯機のよう 荒波で、左半身を強打
どうやら、この短時間の間に風向きが変わり、北東の風が強まったため海況が荒れたようでした。EX口に必至で進むと、先頭のガイドがうまくスロープにEXするのが見えました。彼は素早く陸に上がり、ダイバーの手を引いて、手すりにつかまらせます。「私も助けてもらえるはず」と信じ、仲間2人が危なっかしくもEXしていくのを見ていました。そして私もスロープ手前に到着し「もう少し!」と思った瞬間、視界が水中に飲み込まれ、目の前は洗濯機の中のようにグルグルしたかと思うと、身体ごと岩場に打ち付けられてしまったのです。
「痛いっ!」左半身に激痛が走りますが、強い引き波はまだ私を離そうとせず、沖へとさらい始めます。私は自力ではどうにもできず、再び身体ごと沖へと持って行かれ、また激しい寄せ波の中でもみくちゃにされます。グルグルと上下左右もわからない中で「もうダメだ!」と思ったその瞬間、誰かが私の左腕をつかんで、荒波から引っ張り上げてくれました。私は激痛を感じながら、スロープ左の岩場に引き上げられ、なんとか凶暴な波打ち際から脱出することはできました。しかし左足のフィンが取れ、この荒波の中で見つけることはできずのEXでした。
EX後も激痛は続き、「胸骨にヒビが入っているかも……」と不安を感じていました。その日はそれ以降の潜水はもちろん禁止となり、2本目を潜ることなく帰りました。後日病院に行ったところ、ヒビは見当たらず、大事には至っていなかったようです。しかし、あんな短時間で、海があんなに急変をするなんて想像すらしていませんでしたし、ほんとうに死ぬかと思った体験でした。
PADIコースディレクターからのコメント
春先は天候の急変があるシーズン 浮力を確保し、波のタイミングを読む
伊豆半島のダンゴウオシーズンと言えば、冬と春の間。前線の位置1つで風向きが変わります。できる限り、その日の気圧配置、前線の位置、そして現地スタッフの予想など、事前の情報収集に努めましょう。
今回、EX間際で波に巻かれていますが、BCに空気が入っていなかったように見受けられます。EXポイントが荒れていると予測できる場合、波の影響を受けにくい、少し深度のある所で浮上し、BCに空気を入れて水面で波を観察します。波の周期を把握して、岸への寄せ波を使って移動しましょう。浮上した場所が浅場でも、まずは落ち着いて浮力を確保すること。必要なら少し沖に戻って波を観察します。また、場合によっては、フィンは最後まで脱がず、カニ歩きや後ろ歩き、または四つん這いで波が届かない所まで移動します。そして、荒れた海ではマスクとレギュレーターも、完全にEXするまでは外さないということも覚えておきましょう。
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アドバイザー
我妻 亨(わがつま・とおる)さん
静岡県・浜松市のダイビングショップ<ダイブテリーズ>のオーナー。世界中のPADIプロフェッショナルの1%にも及ばないPADIコースディレクターの資格を有する。ダイビング歴35年、数々のダイバーのトレーニングや育成に携わっている。
>> ダイブテリーズ/DIVE TERRY’S
http://www.terrys.jp/