激流の「ブルーコーナー」流れがマスクを吹き飛ばす
パラオで激流の中をダイビングしたKさん(120本/男性)
潮が当たる棚上にいたとき、あまりの流れの強さに横を向いた瞬間、マスクが吹き飛ばされてしまった体験をご紹介します。
以下はダイバー本人の体験談です。
ダイビング歴5年の僕はパラオが好きで、年に1度は訪れます。これは昨年7月、6度目のパラオを潜った時の恐怖体験です。
時期は雨期で、ダイビング3日目のその日も天気は下り坂。大潮も重なり、海況的に外洋は流れるだろうとのこと。しかし、いっしょに潜るダイバーは全員100本以上だったので、「ブルーコーナー」を目指すことになりました。ポイントに到着し、カレントチェックから戻ったガイドが「流れは強そうですが行ってみますか?」と聞いてきました。その時は不安もなく、満場一致で合意。準備を整えてさっそくENしました。僕を入れて4人だったゲストは、EN直後はバラけてしまいましたが、なんとか水底で合流し、コーナーの先端へと進み始めます。
棚縁は上向きの激流群れからはぐれた魚も一気に流される
壁沿いにはすでにアカモンガラなどが大きな群れを成し、みんな一定方向を向いて必死に泳いでいます。ガイドは棚縁からだいぶ離れ、その距離の取り方からも、強い潮流が当たっているのだろうと、素人の僕にもわかるほど。もちろん「ブルーコーナー」は何度も潜っていましたが、これほど流れが強い時に遭遇したことはありませんでした。「これは楽しみだけど、ちょっと怖いな」僕の心には期待とともに、不安と緊張が同時に押し寄せてきます。
ドキドキしながら進むと、見えてきた棚の先端にはすでにギンガメアジの大群が辺り一面を覆っていました。「なんだこれは!!」僕は初めて見るその壮大な魚影に思わず見とれます。しかし、壁を作る魚たちをよく見ると、ちょっと向きを変えただけでピューッと一気に流されてしまう個体もいて、棚縁は上向きのかなり強い流れが当たっているようです。
ガイドはしばらくその場で流れの強さ、方向などを慎重に読んだ後、「右側から群れに突っ込んで、先端に移動しましょう。僕の進路を見ながらついてきて」と指示を出します。「え、この流れと大群の中に突っ込むの?」僕は冗談かと思いました。しかし、ガイドは本気です。おじけづく僕を横目に1人、2人と、ガイドに続いて群れの中に突っ込んでいきます。そこではガイドでさえも下からの流れに吹き上げられ、宙返りしそうになるのをフィンキックで抵抗し、棚上につかまろうと必死です。
横を向いた瞬間、マスクが吹き飛んだ
僕も勇気を振り絞り、魚影に突っ込みますが、激流が否応なしに身体を水面へと引っ張ります。無我夢中で身を翻し、必死で下に向かってフィンキックをし続けました。全員なんとか棚上につかまり、カレントフックを掛けることができました。
棚上は吐く泡が真横に流れるほどの激流で、カメラも持っていたのですが、撮影どころではありません。ただただ目の前を覆い尽くすギンガメアジの壁と、頭上にいつの間にか集まってきていたバラクーダの大群に囲まれて、僕は呆然と見とれていました。
そんなやさき、それはふとガイドを確認しようと右を向いた瞬間の出来事です。前からの激流が僕のマスクをガバッと吹き飛ばし、視界が一気に真っ白に! 鼻からも容赦なく海水が浸入し、あっという間に僕はパニック状態に陥ったのです。
右手でレギュ、左手で鼻をつまんで、身動きが取れない
日頃、僕はマスクストラップを緩めにして潜っています。普段なら、水圧だけでしっかり顔にフィットするのですが、こんな流れの中では簡単に吹き飛ばされてしまうのも当然。マスクなしの顔が激流にさらされ、鼻から入る海水で激しい痛みと息苦しさに襲われます。それでも流れは容赦なく僕のレギュレーターまで吹き飛ばしそうにぶつかってきます。「これまで外れたら、死ぬ!」そう感じた僕は、とっさに右手でレギュレーターを押さえ、左手で鼻をつまみ、目も思い切りつぶったまま、息だけは続けようと自分の呼吸に意識を集中させました。「目も開けられないし、浮上もできない……。残圧はあといくつだ?」身動きのとれない状況で、僕の思考は混乱していきました。
そのままどのくらいの時間が経ったのか、僕の頭にマスクをかぶせてくれる感触がありました。「誰かが取ってきてくれたんだ」僕は装着してもらったマスクをクリアし、おそるおそる目を開けました。するとそこにはOKサインをくれるガイドの顔。あの時ほどホッとした瞬間はありません。残圧を見るとすでに40を切っていました。目の前に広がる迫力の水中ショーにあらためて見入ることもなく、すぐに浮上を始めるガイドにぴったりとくっついてEXしたのでした。
後から聞いた話では、ガイドは僕たち4人を見渡せる後ろの位置で中層に浮いていたところ、僕のマスクが飛ばされた瞬間を目撃。そして外野手のファインプレーのごとく流されるマスクをキャッチし、激流に逆らいながら僕のところに届けてくれたのだそうです。2本目以降は穏やかなポイントに移って潜ったことは、言うまでもありません。
PADIコースディレクターからのコメント
マスクなしでも呼吸はできる
激流で発生しうる事態を想定しよう
マスクが飛ばされたのは、ストラップが緩すぎたため。流れのない状況なら緩めのフィッティングでも問題はありません。しかし、今回のように流れがかかる所なら、途中で締め直しましょう。今の器材なら、水中でも簡単にストラップを締められるはずです。またOW講習で「マスクなし呼吸」を実践しているはずですから、マスクがなくても普通に呼吸ができることを今一度思い出してください。流れが強いときにはマスクがズレたり、外れることも想定しておきましょう。人は想定外のことが発生すると驚いてパニックに陥りやすいですが、想定内のことならば、慌てずに対処できるはずです。
今回は吹き飛んだマスクを流れの下にいたガイドがキャッチしてくれましたが、マスクが戻って来ない場合でも、目はできれば開けましょう。ぼんやりとは見えるはずです。目をつぶったままで慌てて浮上するのは、水面で待機しているボートを確認できない可能性もあるので、オススメできません。
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アドバイザー
我妻 亨(わがつま・とおる)さん
静岡県・浜松市のダイビングショップ<ダイブテリーズ>のオーナー。世界中のPADIプロフェッショナルの1%にも及ばないPADIコースディレクターの資格を有する。ダイビング歴35年、数々のダイバーのトレーニングや育成に携わっている。
>> ダイブテリーズ/DIVE TERRY’S
http://www.terrys.jp/