原因は内耳と脳のバランス感
■どうして船酔いするのですか?
山見 船酔いは、平衡感覚を感知する内耳(三半規管の中でも特に外側半規管)や脳(小脳や大脳)に、日常経験しない揺れの刺激が伝わり、自律神経のバランスを崩した状態です*1。揺られながら近くの物を見たり、内耳の揺れの情報(体が感じる揺れ)と視覚から脳に入る揺れの情報(見ている物の揺れ)が一致しないと発生しやすくなります*2。船酔いは、船外の景色と船内の揺れにずれが生じることも誘因になるとされています。
■主な症状は吐き気ですね?
山見 初期には、生あくび、眠むけ、頭がボーとする、だるい、生唾が出るなどが見られます。ひどくなると吐き気を催し、顔面蒼白、冷や汗、嘔吐などの症状が見られます。
■誘因はいろいろあるのですか?
山見 表1に船酔いの誘因を挙げました。船酔いは、生まれつき弱い人と強い人がいて、弱い人は幼少のときから酔いやすく、漁師や船員など、日常、船に乗っている人は酔いにくい傾向があります。ヒトは、同じ性質の揺れに耐性ができるため(強くなるため)、いつも波に揺られていると酔いにくく(同じ波長の揺れに強く)なることが知られています*3。
■関係する病気もありますか?
山見 酔いを招きやすい病気もあります。たとえば、めまいが見られるメニエル病、良性発作性頭位めまい、内耳型減圧症などの内耳の病気、吐き気を伴う胃腸の病気、血液や血圧の異常を来たす貧血、自律神経失調症、その他平衡感覚に異常を来たす脳の病気などです。
■「気の持ちよう」という人もいますが。
山見 「酔うのではないか」という心理的な不安も誘因になります*4。そのほかにも毛染め染料の成分であるアニリン色素の誘導体も誘因になることを報告している研究者もいます。アニリン系色素は、頭皮から染み込み、いったん体内に吸収されると排出しづらい性質があるといわれています。アニリン色素によって前庭小脳が障害されると、平衡感覚が混乱してめまいや乗り物酔いに弱くなるといわれています*5。
乳幼児は船酔いしない?
■年齢との関係はありますか?
山見 3歳未満はほとんど乗り物酔いをしませんが、4歳を過ぎると車酔いによって蒼白になったり吐くなどの症状が見られるようになります。3歳未満の子どもが酔わない理由は、前庭小脳が未熟だからと考えられていますがまだはっきりしたことはわかっていません。
■大人になると治る方もいますね?
山見 小学校の頃は乗り物酔いがひどかったが、高校生になってから酔わなくなったという方もいますね。これは脳が揺れの刺激に慣れたことに起因すると考えられています。一方、20歳を過ぎてから、乗り物酔いを繰り返すようになった方は、体質ではなく、何らかの病気がある確率が高くなります。特に50歳を過ぎてから乗り物酔いになることが多くなった方は、小脳になんらかの病気がある可能性が高いといわれています。
■酔い止め薬は飲んでもいいのでしょうか?
山見 乗船する1 時間前に服用し、効いてから船に乗りましょう。
■酔ってしまったら、どうすればいいのでしょうか?
山見 いったん、船酔いするとなかなか治りません。確実に治す方法は、陸に上がるかボートをうねりのない海域に移動してもらうかです。
■酔い止めの効果は?
山見 酔ってから飲むと酔い止めは効きにくい傾向があります。吐き気があると、飲んだ薬が胃に溜まったまましばらく吸収されないこともあります。吐いて胃の中が空っぽになると気分がよくなる傾向もあります。酔ったあとに薬を飲むときは、吐いてから飲むと効きがよくなるようです。
■根本的な治療はあるのでしょうか?
山見 訓練によって船酔いしなくなる方もいます。ブランコ、でんぐり返し、鉄棒でぐるぐる回る、トランポリンなど、加速度がかかることを毎日すると酔いに強くなるという研究者もいます。特にブランコは、受動的な加速度がかけられやすい遊具です。自分でこぐのではなく、誰かに揺らしてもらったほうが安全で効果的です。単純に前後に揺らしてもらうのではなく、少し左右にも揺らしてもらいます。目をつぶったり開けたりしながら、上を向いたり下を向いたりしながら、ランダムな揺れと視覚の情報が三半規管と脳に到達するようにします。気分が悪くなりそうになったらその日の訓練を終了し毎日続けます。
■「船酔いは潜れば治る」というのは本当ですか?
山見 潜降すると揺れが少なくなるため気分がよくなることはあります。少し潜降してみて、気分がよくなるのを確かめてからダイビングを続けるダイバーもいますが、うねりの影響を受ける浅場まで浮上すると、再びぶり返すものです*6。吐き気があるとケアレスミスを起こしやすくなりますし、嘔吐すると溺れることもありますから、船酔いしているときは潜らないのが基本といえます。
■水中で、レギュレータをくわえたまま、嘔吐できるのですか?
山見 水中で吐くときはレギュレータのマウスピースを口から少し外し、パージボタンを押します。もし吐物がセカンドステージに入ってしまったら、マウスピースを口から外し、パージボタンを押して飛ばしてください。
*1:三半規管は揺れを感知するのに重要な働きを担っているが、小脳(特に前庭小脳)も体の平衡感覚の調整を行う働きをしている。前庭小脳は小脳に入った情報をコントロールして大脳に伝えている。たとえば、お酒に酔って足元がふらつくのは前庭小脳の働きが鈍ったことが原因。
*2:脳に伝わる実際の情報と、脳が予測する情報が一致しないと(ズレが大きいと)、情報をうまく処理できず自律神経が混乱する。自律神経のバランスが崩れると、船酔い特有の症状である吐き気や冷や汗が現れる。
*3:耐性獲得には個人差がある。
*4:現在の状況より、過去の記憶(酔いの症状や酔ったことによって引き起こされた状況)のほうが症状誘発に寄与するともいわれている。
*5:平衡感覚を司る小脳に入った刺激を、前庭小脳がコントロールすることができなくなることが原因とされている。
*6:特に浅場まで浮上したエグジット直前は酔いやすくなる。水中における酔いは、無重力に近い状態で発生する宇宙動揺病(宇宙酔い)と同様、上下方向の情報が混乱することが一つの原因と考えられる。
コラムニスト
山見 信夫(やまみ・のぶお)先生
医療法人信愛会山見医院副院長、医学博士。宮崎県日南市生まれ。杏林大学医学部卒業。宮崎医科大学附属病院小児科、東京医科歯科大学大学院健康教育学准教授(医学部附属病院高気圧治療部併任)等を経て現職。学生時代にダイビングを始めインストラクターの資格を持つ。レジャーダイバーの減圧症治療にも詳しい
>>ドクター山見 公式webサイトはこちら
http://www.divingmedicine.jp/
*サイト内では、メールによる健康相談も受けている(一部有料)