ノトウミヒルモ草原
石川県・能登島の海は、夏29℃、冬は5℃と寒暖の差があるため、海の四季をはっきりと感じることができます。その季節ごとの変化を如実に表してくれるのが海の植物である海藻や海草です。
そして、海と人が共に暮らす「里海」という理想郷が存在する能登島の海中には、海藻の森が広がっています。海藻で見る四季の移り変わり、変化する海中環境、それに合わせて繰り返される生態行動など、ひとつひとつの海藻にまつわるストーリーを、能登島の海藻に魅せられたガイド・須原水紀さんが美しい写真とともに紹介します。
一雨ごとに深まる秋。里海の原風景、能登の海辺の田んぼは、すっかり稲刈りが終わり、田畑で働く島人が少なくなった。鈴虫が静けさを際立たせ、遠くから聞こえるのは祭り太鼓とお囃子の歌。島の人々は収穫を祝い、長い冬を迎える準備を始める。
海の水温はゆっくりと20℃台を下ってゆく。9月の台風で松島の水底も激しく荒らされた。しかし、朽ちる海藻もあれば蘇るものもあり。水底を敷き詰めるノトウミヒルモ(能登固有種)は、台風のうねりと砂嵐が葉を洗ったように、またも生育の勢いを増し、鮮やかな緑がよみがえった。秋の水の色が緑とグラデーションになり、なおお気に入りである。
7月に最盛期を迎えていた様々な植物が、この時期にもう一度よみがえることがある。そのひとつはノトウミヒルモの花である。見渡す限り広がるノトウミヒルモの葉と葉の間を、ひとつずつ見ては花を探す作業は骨が折れる。しかし、ひとつ見つけられれば、そこはまるで花園。一帯は花でいっぱい。どれを撮ろうかと欲が出る。とても小さな花ではあるが、つぼみの時から開花に渡る観察をすれば、ひとつの花の命を見ることができる。ピンク色の3枚の花びら。これが開く時に花粉のような粘液を放出する。時間をかけてゆっくりと花びらを広げながら、こぼれるように流れ出す。そして花びらはすっかり反り返ったように開き、開花が完了してしまう。
ノトウミヒルモ花
双葉のような葉にはアミメハギの幼魚たちが戯れる。葉から葉へと渡るように行きかい、小さな波のリズムに合わせてクルッ、クルッと向きを変える。葉の色に合わせて体の色を似せているため、一瞬、目を外にやると、あの小さなひし形の子供たちをすぐに見失ってしまう。眠る時には流されないよう、海藻の葉をくわえると聞いたが、あの嵐の中でどうして過ごしたのだろう。
ノトウミヒルモとアミメハギ
少しずつ秋を深める松島の海。とうとうキヌバリも産卵の時を迎える様だ。岩陰に縄張りを構えたオスとメスは、体つきの違いも顕著に表れるようになった。オスは鋭く伸びる背びれが特徴的。メスの前ではさらに婚姻色を際立たせ、ひれの青みが強く訴える。そして、メスは一層「絹を張った」ように滑らかになり、頬の赤らみが見てわかる。
キヌバリ オス
キヌバリ メス
植物やいきものの様子で季節を感じとる。植物は特に盛衰が目に見て取れるためおもしろい。日本の里海の原風景。季節を楽しむ心を大切に育てたいと思う。
須原 水紀(すはら・みずき)さん
生まれ故郷である能登のダイビングサービス<能登島ダイビングリゾート>でガイドとして勤務。海藻への愛と情熱はピカイチ。また、マクロ生物も大好きで、海藻に付くマクロ生物を探し出す眼は「顕微鏡の眼力」といわれるほど。