メバル
店の事務所で写真の整理をしていると、部屋の電気が一瞬消えた。私は次のことに耐えられるように、キーボートの上に手を止めて構える。「バリバリ、バリーッ!ドドドー‼」。耳の奥に突き刺さるような音とお腹の中を震わせるような爆音。
12月を迎える頃に、能登では「鰤起し」と呼ばれる大しけが起こる。それは能登の冬の訪れを知らせてくれる天候。建物の中にいてもわかるくらい、あっという間に空は灰色の雲が覆うと日が暮れたように薄暗くなる。地響きを伴うほどの唸り声が遠くから聞こえてきたかと思うと、突如鋭い閃光が走り、「バリバリ、バリーッ!」と空間が引き裂かれるような雷。空を遮るような低い雲の下の私たちの町に響き渡る。続いて窓を「バチンッ」弾く音が聞こえたかと思うと、あられが窓や屋根、車、道路に落ちてきてその上を跳ねて、地面を白く覆う。これが夜まで続き、時には一晩中繰り広げられることもある。「鰤おこし」である。海の中は冬へと一変。タラやブリにアンコウと、定置網漁師たちを活気づける。能登の冬ならではの天候だが、太平洋側の方々にとっては冬の雷はとても信じがたいと聞いた。
奥能登地方では本格的な冬に入ると、しんしんと雪が降る。本当に雪が降り重なる音が聞こえそうなほど静かである。人けも少ないこの村では、人が踏みしめる雪の音だけがコミュニティの存在のようにさえ感じる。荒れ狂う日本海のイメージを覆すようだが、能登島の冬のダイビングでは、こうした静けさを感じ取ることの方が多いかもしれない。
陽が射すホンダワラ
雷が収まったある日、水面に届きそうなホンダワラの海藻の森の中で迷ってしまった。後ろも前も、そして上も、どこへ進もうにも海藻に塞がれてしまった。辺りは陽が届かずに薄暗く気味が悪い。少しでも明るい方へと、わずかな隙間に両手をかけて分けながらゆっくりと進んでみる。すると天が抜けたのか太陽が斜めに差し込む開かれた海藻のない空間に出た。ところが、そこで見たものに圧倒されてすぐに海藻の影に隠れた。メバルである。しかも数百だろうか。太陽を見上げる直立不動の集団は、人間である私の吐く泡の音で、この静寂を台無しにしてしまうことを恐ろしく感じさせた。隠れる私に気づいたのかどうか、手前の1匹が向こう側に移動すると、続いて2匹3匹と向こうへ動いた。 どうにか陸に戻ったころには、また薄気味悪い雲が迫り、唸り声をあげはじめた。海の上で稲妻が走り、バリバリと空気を破る音。あのメバルたちは未だ佇み続け、吐く泡の音と、雷の音との聞き分けているのだろうか。この時期のメバルを見ると、いつも思い出される。
深まる海藻
須原 水紀(すはら・みずき)さん
生まれ故郷である能登のダイビングサービス<能登島ダイビングリゾート>でガイドとして勤務。海藻への愛と情熱はピカイチ。また、マクロ生物も大好きで、海藻に付くマクロ生物を探し出す眼は「顕微鏡の眼力」といわれるほど。