親と赤ちゃんでは好みが違う
今回は褐虫藻とサンゴの複雑な関係について紹介します。褐虫藻は褐色の単細胞藻類という単純な外見にもかかわらず、遺伝的にはさまざまなタイプ(専門的にはクレード=系統と呼びますが、ここではわかりやすくタイプと呼ぶことにします)に分かれています。 サンゴに共生する褐虫藻も単一ではなく、サンゴの種類や棲息域によって異なることが知られています。そして、ときには共生する褐虫藻のタイプが入れ替わってしまうこともあります。普段、サンゴにはCというタイプの褐虫藻が共生していることが多いのですが、海水温の上昇によって起こるサンゴの白化現象の後にはDタイプが共生したという報告があります。
褐虫藻の違いがサンゴにどんな意味をもたらすのかということを調べるために、私たちはさまざまな褐虫藻をサンゴに共生させる試みをしてきました。この実験には生後間もないミドリイシを使いました(写真上)。彼らは産まれた直後は褐虫藻を持たないため、さまざまなタイプの褐虫藻を実験的に共生させることができます。
ところが、実際はサンゴの「選り好み」が激しく、なかなか褐虫藻を受け入れてはくれませんでした。たとえば、親サンゴの組織から取り出した褐虫藻(Cタイプ)はほとんど共生しませんでした。当時、サンゴの口から褐虫藻が吐き出されている瞬間を目撃しては落胆したものです。結局、赤ちゃんサンゴに共生したのはAタイプとDタイプの褐虫藻です。このように赤ちゃんサンゴには親サンゴとは違う褐虫藻が共生するのですが、それがなぜなのかはまだわかっていません。これまでの結果からいえるのは、サンゴは明らかに褐虫藻を選別しているということです。
共生する褐虫藻が違うとどうなる?
Aタイプの褐虫藻が共生したサンゴとDタイプの褐虫藻が共生したサンゴを準備できたので、次にこれらのサンゴにどのような違いがあるのか調べてみました。手始めに、無情にも強いストレスを与えてみました。飼育水の温度をサンゴにとって致命的な高温に設定し、白化する様子を観察したのです。その結果、Dタイプが共生したサンゴは比較的長期間、褐虫藻を維持するのに対し、Aが共生した場合は褐虫藻の減少速度が早い傾向がありました。
その他にも、サンゴの蛍光の発色具合がAタイプが共生したサンゴとDが共生したサンゴでは異なることがわかりました。Dが共生した場合はまるで花火のように蛍光が散らばっているのに対し(写真下)、Aが共生したサンゴは真っ暗でした。この色素には有害な活性酸素を除去する性質があることがわかっています。Dタイプが共生したサンゴで蛍光色素が強く発色するということは、高温時にサンゴ内部で発生する活性酸素が除去されやすくなっていることが考えられます。そのため、Dタイプが共生したサンゴはストレスに強い傾向があるのかもしれません。
白化しないサンゴを作れるか?
このような報告をみると、サンゴにあからじめDタイプのような褐虫藻を入れれば大規模白化現象は起きないのでは? と思われがちです。しかし、Dタイプは通常の環境下ではごく一部のサンゴにしか見られません。つまり、その褐虫藻はサンゴが普段成長していく上ではいい共生関係を築けていないかもしれません。それぞれのサンゴに適した褐虫藻は決まっており、一時的に他のタイプを選んだとしても元の褐虫藻でなければ生育は難しいということだと考えています。
結局、白化させないためには、人工的に何かをするよりもまずは環境維持が大切だということです。その上で、万が一にも絶滅することがないようにサンゴの健康状態のモニタリングや、白化しても回復できるような状況を調べることに私たちの研究が役立てられればと思っています。
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文=湯山 育子(静岡大学 創造科学技術大学院・学術研究員)
東京大学にて生物科学を専攻し博士号を取得。その後、琉球大学の研究員を経て、現在は静岡大学にて、サンゴと褐虫藻の細胞内共生についての研究を行っています。
【月刊ダイバー2012年8月号に掲載】
「サンゴ礁学とは?」
文部科学省の科学研究費の支援を受けた研究プロジェクトです。人とサンゴ礁が共生する社会を構築するための学術的な基礎をつくることを目的に、生物学・化学・地学・工学・人文社会学など、さまざまな分野の研究者65名が連携して研究を行っています。この連載では、サンゴ礁学の博士研究員や大学院生から成る「サンゴ礁学若手の会」が、それぞれの研究や専門分野における最新の研究情報をお伝えし、サンゴ礁の不思議を調べる研究の醍醐味をお伝えします。