Vol.14 サンゴの年輪は、気候の記録フィルム

ハマサンゴの骨格をレントゲン撮影

ダイバーに人気のサンゴは何でしょうか? テーブルサンゴ、枝サンゴ、アオサンゴの群集は神秘的……。その中で、岩のようなハマサンゴは色も地味でけっして人気が高いとは思えない。しかしこのハマサンゴが、じつは世界の気候研究者に重要な記録を提供していることを皆さんご存知でしょうか?
サンゴは海水中のイオンを取り込んで炭酸カルシウム(石灰岩)の骨格を作ります。数百年と長生きするハマサンゴの骨格には、水温の季節変化によってできる年輪が刻まれています。ハマサンゴの骨格をレントゲン撮影すると、写真のように、幅1~2㎝の連続した立派な年輪を見ることができます。この骨格を年輪に沿って化学分析をすると、そのサンゴが生息してきた海洋の水温や塩分がわかり、降水の復元まですることができるのです。
※調査研究用のサンゴコア採取には、関係省庁および自治体への申請手続きを行います

 

ケニアのサンゴから115年間分の記録を取り出す

サンゴの暮らす赤道熱帯域は、太陽から受ける熱量が非常に大きく、大気|海洋の活動(蒸発/降水など)が活発で、地球の気候システムにおいてエンジンのような役割を担っています。熱帯域ではさまざまな気候モード(太平洋のエルニーニョ現象など)が形成され、その多くは海水温上昇・低下と関連した洪水や干ばつを伴うため、広範囲の諸国の社会経済活動に大きな打撃を与えます。
ところが、これらの大気海洋現象はある周期で繰り返す(エルニーニョであれば 2~7年の周期)ため、明日の天気予報のように観測やモデルシミュレーションで数年から数十年、あるいは数百年先の気候変動を予測することが期待されます。ここで正確な予測のためには、過去の気候モードの実態を知ることが不可欠ですが、広大な海洋の中で情報の少ない海域や、また観測機器のなかった古い時代の情報は大変貴重であり、それを補ってくれるのが世界中のサンゴ年輪に他なりません。
我々のプロジェクトでは、2003年東アフリカのケニアで採取した全長186㎝、115年間分(1886|2003)のサンゴ年輪から、新しい気候モードであるインド洋ダイポールモードの復元を試みました。ダイポールモードは1999年に過去40年間の観測記録から発見されたインド洋版エルニーニョ現象ともいえ、ピークの10月頃にインド洋東側のインドネシアで乾燥、西側のケニアで大雨となります。この降水シグナルをケニア沿岸のサンゴ年輪酸素同位体比記録から取り出して、昔のダイポールモードの実態を明らかにしようというのです。

ダイポールモードの新たな事実が次々に

サンゴ骨格の酸素同位体比はおもに水温によって決まり、水温が低いときはサンゴが重い酸素をより多く取り込んで骨格を作ります。いっぽうで、雨水や陸水が加わると軽い酸素が増え酸素同位体比は小さくなります。サンゴ骨格の酸素同位体比は古水温計として活用され、また降水の指標ともなり得るのです。
成長軸に沿って1.5㎜間隔でおよそ月単位の解析となるように骨格を削り出し、1点ずつ質量分析装置にかけます。こうして得られた1600点に及ぶ同位体比記録から各年10月の降水変動を過去115年間にわたって抽出し、初めてダイポールモードの復元に成功しました。
その結果、20世紀初頭には約10年に1回程度の発生だったダイポールモード現象が、周期を短くし、最近では2年に1回と頻発化していること、頻発するダイポールモードがエルニーニョよりもインド洋の気候に影響力を増し、インド夏季モンスーンの降水を増やしていること、その裏には20世紀のインド洋の海水温上昇があることがサンゴデータからわかってきました。過去の実態究明は正確な将来予測につながり、農業政策などに活用できます。
世界中のハマサンゴは各地点に現れる気候モードの変調を記録するフィルムです。丁寧に年輪を解読すると、壮大な地球のリズムを語ってくれます。年輪屋さんが苦労して読み解いた貴重なデータは、今ではNOAA(アメリカ海洋大気局=日本の気象庁に相当)の専用アーカイブに集約され、誰でも気候研究に使うことができ、70点以上の海域、130ものサンゴデータ(中には300年分の記録も)が活用されています。

 

 

サンゴ礁学事務局へのお問い合わせ
メール:admin@coralreefscience.jp
サンゴ礁学ホームページ

 

文=中村 修子(東京大学大学院理学系研究科・特任研究員)


東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻にて、 サンゴ年輪気候学の分野で博士号(理学)取得。ケニアのサンゴ年輪記録を用いた西インド洋の気候変動復元の研究を行っている。

 

【月刊ダイバー2012年9月号に掲載】

「サンゴ礁学とは?」
文部科学省の科学研究費の支援を受けた研究プロジェクトです。人とサンゴ礁が共生する社会を構築するための学術的な基礎をつくることを目的に、生物学・化学・地学・工学・人文社会学など、さまざまな分野の研究者65名が連携して研究を行っています。この連載では、サンゴ礁学の博士研究員や大学院生から成る「サンゴ礁学若手の会」が、それぞれの研究や専門分野における最新の研究情報をお伝えし、サンゴ礁の不思議を調べる研究の醍醐味をお伝えします。

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Koga

DIVER ONLINE 編集部

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