Vol.07 白い砂が海洋酸性化からサンゴ礁を守る

サンゴ礁の砂地に注目

サンゴ礁のイメージといったら、皆さん何を思い浮かべるでしょうか。いろんな形や大きさのサンゴ、そこに棲息している色とりどりの魚をまずは想像すると思います。マニアックな人で、海藻や藻場が好きな人がいるかもしれません。私はそのどれでもない砂地を研究対象にしています。一見地味なのですが、じつはサンゴ礁に占める砂地の割合はけっこう高く、私の研究地域である石垣島の白保サンゴ礁では6割もあります。この砂地が『二酸化炭素が増えると溶けてしまう』という研究を私はしています。

二酸化炭素が増えるとほんの少し海水のpHが下がる。

私たちが使っている石油や石炭によって大気中の二酸化炭素は増え続けています。「二酸化炭素の増加→地球温暖化」はほとんどのかたがご存知かと思いますが、同時に、大気中に増えた二酸化炭素は海水にも溶け込み、海水は酸性に向かいます。ビールなどの炭酸飲料を思い浮かべるとわかりやすいと思います(ビールは極端に二酸化炭素を溶かした場合なので大袈裟なたとえですが……)。これを「海洋酸性化」といいます。現在の表層海水のpHは約8.1の弱アルカリ性ですが、今後100年間で0.2〜0.3低下するといわれています。ちなみにビールのpHは約4.3です。
私たちはpH 4.3のビールをおいしく飲むことができますが、サンゴや貝類のような炭酸カルシウム骨格を持つ生物にとっては、海水のpHが0.2〜0.3低下するだけでも死活問題になりかねません。なぜなら炭酸カルシウムは酸に弱いため、サンゴの骨格そのものを溶かすとまではいかなくても、骨格を作る速度を低下させてしまうからです。これまで、さまざまな種のサンゴを室内で飼育し、二酸化炭素濃度ストレスに対する応答を明らかにする実験が多く行われてきました(詳しくは前号の高橋さん参照)。

ほんの少しpHが下がると砂地は溶けてしまう!

一方、生物ではなく砂地を構成している堆積物が、海洋酸性化によってどうなるかはあまり考えられていませんでした。サンゴ礁の砂地は、おもに有孔虫や石灰藻の遺骸が堆積して出来ています(有孔虫はお土産屋さんで売っている星の砂です)。これらの生物はサンゴ同様、炭酸カルシウムを作るのですが、サンゴと違って海水中のマグネシウムも取り込んでいます。そのため、サンゴが作る純粋な炭酸カルシウム殻よりもじつは溶けやすいのです。
実際に石垣島白保サンゴ礁では、夜間に生物の呼吸の影響で二酸化炭素濃度が大幅に増え、砂地が溶けだしている時間帯もあることが観測されました。夜間は昼間と違って光合成(二酸化炭素を使って酸素をつくる反応)が行われないので、夜の間じゅう二酸化炭素は増え続け、その結果、昼間より0.3以上もpHが低下してしまうこともあるのです。いまはまだ『夜になると溶けている時間帯がある』程度で済んでいますが、今後、二酸化炭素が増え続けると砂地が溶ける時間帯が多くなり、砂地の溶解はさらに進むことになります。どれくらい二酸化炭素が増えると溶け始めるのか、どれくらいの速度で溶けるのか、砂地の中の何が溶けるのかを現場・実験室の双方から明らかにしようと取り組んでいます。
サンゴ礁の砂地がすべて溶けてしまうと、生き物が棲息地をなくしてしまいます。一方、砂地が溶けると海水中の二酸化炭素を消費します(石灰質の砂は水と二酸化炭素をつかって溶ける反応です)。つまり、砂地が溶けるとサンゴ礁全体の海洋酸性化を和らげる効果も期待されるのです。サンゴ礁の砂地は、現在進行形の海洋酸性化に対して、まさに溶けるか溶けないかギリギリの状態にあるのですが、今後どのような影響があるのかはまだわかっていません。次回ダイビングされる際には、サンゴや魚だけでなく、ぜひ繊細な砂地にも注目してほしいなと思います。

 

 

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メール:admin@coralreefscience.jp
サンゴ礁学ホームページ

 

 

文=山本将史(東京大学大学院理学系研究科博士後期課程)


東京大学理学系研究科にて地球惑星科学を専攻し修士号を取得。
日本製粉株式会社広島支店で3年間の営業を経たのち、東京大学地球惑星科学専攻の博士課程に在籍。

 

 

【月刊ダイバー2012年2月号に掲載】

「サンゴ礁学とは?」
文部科学省の科学研究費の支援を受けた研究プロジェクトです。人とサンゴ礁が共生する社会を構築するための学術的な基礎をつくることを目的に、生物学・化学・地学・工学・人文社会学など、さまざまな分野の研究者65名が連携して研究を行っています。この連載では、サンゴ礁学の博士研究員や大学院生から成る「サンゴ礁学若手の会」が、それぞれの研究や専門分野における最新の研究情報をお伝えし、サンゴ礁の不思議を調べる研究の醍醐味をお伝えします。

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Koga

DIVER ONLINE 編集部

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