*INTERVIEW* 上出俊作さん(水中写真家) 〜海の”日常”に目を向けて〜

沖縄在住の水中写真家・上出俊作さんの初の写真展が東京・六本木で始まっています。上出ワールドの真骨頂は1cmにも満たない小さな生き物たちのポートレート。たわいもなく見える日常の海で、生き物たちの愛らしさを引き出し、作品にするその手法にファンも急増中です。

●写真は引き算

すっきり整理された画面の中で、つぶらな瞳がこちらを見つめていた。
「ファインダー越しに生き物と目を合わせる感覚が好きです。ちっちゃな生き物でもちゃんと目線を合わせることができると、同じ世界に生きていると実感できます」

その感覚を作品にまとめあげているのが、「写真は引き算」という基本的な考え方だ。
「よぶんなものが写り込んでいると、かわいいとかきれいとか、感動した気持ちが薄まってしまいます。すっ〜と中に入ってほしいから、いらない情報は削ぎ落としたい」

ぐっと近寄った上で、雑然とした背景はぼかす。時には白く飛ばしてしまう。きれいな背景はもちろん生かすが、それ以外は排除! 浮かび上がるのはチャーミングな生き物の姿だ。

●青かぶりはご法度

シンプルな画面構成と合わせて、その作風を支えているのが「色」へのこだわり。「色かぶり」させないが絶対のルールだと言う。

「水中撮影では、自然光が入り込むといわゆる”青かぶり”になります。パキッと色を出したいので、色かぶりはさせません。そのために、シャッタースピードは遅くしません。ISO感度を上げるのは、クローズアップレンズを使って絞り込む時くらいですね」

光源はストロボ2灯。強い瞬間光で被写体の動きを止め、はっきりした色を出す。
「青を感じさせないことで、生き物たちのカラフルな世界を表現できます。肉眼で見ている光景とは違っているかもしれないけれど、青をなくすことで、被写体の魅力が引き立ちますね」

●クローズアップレンズ

シンプルで鮮やかな作品の被写体は小さな生き物たちだ。
その多くは2〜3cm、1cm以下の被写体も多い。

「レンズの目線で見ると、小さな部分に美しいモノがぎゅっと詰まっています。結果として、小さな被写体の方が撮りやすいんです」
そこで活躍するのがクローズアップレンズだ。

「NauticamのスーパーマクロコンバージョンレンズSMC-1とSMC-2は、本当によく使っています。おそらく沖縄一ですよ」
愛用のレンズは105mm。被写体の大きさに合わせて、SMC-1かSMC-2、もしくはクローズアップレンズなし、を使い分け、作品作りをしている。

マクロ撮影の機材。2種類のクローズアップレンズを状況に応じて使えるセッティングだ

●何者でもなかった自分

上出さんが水中写真家として活動を始めたのは今から7年前。
東京に生まれ、ごく普通に育ち、真っ当に大学を卒業して製薬会社に就職した。それなのに、ダイビングと水中写真と沖縄にハマって、まんまと安定したサラリーマン生活を捨ててしまう。

「いい会社だったけれど、競争心が薄い自分に営業職は向いていなかったですね。沖縄に住みたくなっちゃって、会社を辞めちゃいました」
那覇でバーをやろうと沖縄に移住。「今思えば浅はかだったんだけど」とご本人が言う通り、世の中そんなに甘くない。人生初ともいうべき大挫折を味わう。どん底で出会った知り合いに誘われてダイビングの仕事を手伝い始めたころ、「水中写真で勝負したら」と、背中を押された。趣味で撮っていた水中写真が仕事になるのか……。

「失うものはもう何もない、そんな心境で、水中写真家としてやってみようと決めました」

●出発点はフォトセミナー

「水中写真家」と名乗ってみたものの、コネがあるわけでもなく、仕事が向こうからやってくるわけでもない。
「文章を書くのは好きだったので、ブログを始めました」

ブログに、撮影のテクニックや被写体と向かう自分の心情を包み隠さずに綴っているうちに、読んでくれる人が増え、「マンツーマン」スタイルのフォトセミナーを開くようになる。
「セミナーでは、水中撮影のテクニックを教えるだけでなく、”写真が上手くなることで人生が豊かになる”とお話ししてきました。これまでにセミナーに参加してくれた方のうち100人以上がコミュニティを作って交流してくれています。絵空事ではなく、水中写真が人生の豊かさにつながっていると感じています」

セミナーの広がりとともに、撮影や執筆の仕事が舞い込むようになる。水中写真家としての手応えと、自分を育ててくれた人たちへの感謝の気持ちが写真展の開催、写真集制作を後押しした。
「何者でもなかった自分を応援して育ててくれた人たちに喜んでもらいたい。写真展開催は恩返しの気持ちもあります」

●海の日常を追って

6月3日から東京・六本木で始まった写真展のタイトルは
「陽だまり レンズ越しに見つめた10mmの海」。「陽だまり」は、水中写真家を名乗り始めたときに始めたブログの思い入れのあるタイトルだ。

生き物たちの穏やかな日常を切り撮る作風が「陽だまり」と言う言葉に見事にマッチしている。上出さんは貴重な生態や、珍種との遭遇を追うのではなく、海中の日常に目を向けて””上出色の作品”を作り出す。

「水中の日常は美しい。しかも、自分にとっては水中は非日常で、そこへ行くだけで楽しい。それを切り取り続ける。なにげない水中には、いつでも感動があります」

●色にこだわった1冊

写真展に合わせて、同名の写真集も制作した。

「写真集にはこだわりがいくつもあるんですが、1つ目が表紙です。手に持ったときのあたたかさ、ぬくもりを大事にしたくて、クロスを選びました。印刷の色にもこだわりました。通常のカラー印刷ではなく、蛍光色を使っています。色校正もすべてのページをじっくり自分で見ました。初めての経験でしたが、校正や印刷に何度も立ち会って、印刷所には細かく対応してもらって満足しています」

全112ページの写真集には、愛らしい生き物たちが次々に登場する。ピンク、赤、オレンジ、黄色、白…。華やか! でもなぜかほっとした気持ちになれる。ちょっとした上出マジック。紙面には撮影コメントや解説はない。

「写真を感じて欲しいので、潔く、文字での説明入れていません」
これは、写真展も同じ。「知りたいことがあれば、会場で直接聞いてください」だそうだ。

●写真集●『陽だまり』 表紙は白のクロス。そこに箔押しで「陽だまり」の文字。表紙の文字にはあえて色を入れなかったという。 判型:A4変形 ハードカバー  ページ数:112ページ  価格:6,600円(税込) *写真展会場のほか、公式Webサイトで販売中

●上出 俊作写真展「陽だまり レンズ越しに見つめた10mmの海」
・期間:2022年6月3日(金)〜6月23日(木)
・時間:10:00〜19:00(最終日は16:00まで、入館は終了10分前まで)
・休館日:会期中無休
。会場:FUJIFILM SQUARE(フジフイルム スクエア)内、富士フイルムフォトサロン東京 スペース3
・入館料:無料
・アクセス

*大阪展も開催予定
2022年10月7日(金)〜10月20日(木)
富士フイルムフォトサロン 大阪
アクセス

・主催 富士フイルム株式会社

 

上出俊作(かみで・しゅんさく)さん
水中写真家。1986年、東京都生まれ。沖縄県名護市を拠点に数mmのウミウシからザトウクジラまで、海の中に暮らす生き物たちを幅広く撮影。被写体とじっくり向き合うことで生み出される作品群は、繊細な色彩を纏うマクロ写真から躍動感溢れる迫力のワイド写真まで、その表現は幅広い。人気のフォトセミナーのほか、ブログ「陽だまり かくれんぼ」でも、水中撮影の手法を披露している
上出俊作公式Webサイト「陽だまりスタジオ」

 

(文=渡井久美)

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Wati

DIVER ONLINE 編集部

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